泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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短篇小説「ネタバレ警察」

新部署に配属されたばかりの越智裕三が、スーパーのおやつ売り場でお菓子のパッケージをひとつひとつ手に取りながらひとりごとを言っている。「『ポッキー』か……これはやっぱり、食べたとき鳴る音からそう名づけられたんだろうな……だとすれば確実にアウト、…

短篇小説「反語の竜」

竜は素直じゃない男だ。彼は産道の中ですらも、「産むなよ、産むなよ」と心の中で念じていたという。もちろん産まれたくないわけではなかった。だが本当に産まれたかったのかどうかは、物心ついていないのでよくわからない。 竜の少年時代には苦い思い出が多…

桜の樹の下には屍体が埋まっているらしいので

桜の樹の下には屍体が埋まっている、と梶井基次郎は言った。だとするならば―― クワマンの下にはセカンドバッグが埋まっている。 しょんべんカーブには虫が止まっている。 Tカードには使うほどでもないポイントが溜まっている。 ガチャガチャのカプセルには原…

ディスクレビュー『X MARKS THE SPOT』/ART OF ILLUSION

エックス・マークス・ザ・スポットアーティスト:アート・オヴ・イリュージョン発売日: 2021/02/03メディア: CD雑味のない北欧的美旋律が、QUEEN影響下にあるオペラティックなアレンジによって豪華に彩られる。満を持して登場した万華鏡の如きファンタジック…

言語遊戯「ことわざ延長戦」第4戦

本来短く言い切るからこそ意味のあることわざに、余計な情報を足して無駄に長くしてみようという究極の蛇足企画第4弾。いわば引き分けでもないのにおこなわれる不毛な延長戦。理由なく長すぎて松木安太郎も怒り出す不可解なアディショナル・タイム。長引けば…

破くまえに読む

以前から気になっている表現に「読破」という言葉があって。言うまでもなくそれは「(書物を)最後まで読み通す」という意味ではあるのだが、それにしても破く必要はない。もちろん最後まで読んだところで実際に破く人など滅多にいないはずだから、読み切っ…

短篇小説「言霊無双」

目の前を歩いている人がずっと後ろを向いているように見えるのは、シンプルに彼女が後ろ向きな考えを持っているからだ。人は後ろ向きな思考を続けているあいだは、文字通り顔面が後ろを向いてしまうようになった。 それに対して、先ほどから僕の右脇を歩いて…

短篇小説「言わずもが名」

かつてはこの国にも省略の美学というものがあった。 たとえば俳句。に限らず会話や文章、そして商品のネーミングに至るまで、語られていない行間にこそ価値がある。そこに粋を感じる悠長な時代がたしかにあったのだ。いやあったらしい。私はそんな時代は知ら…

短篇小説「漕ぎ男」

男が自転車を立ち漕ぎしている。 文字通り、サドルの上に立って。ペダルまでの距離は遠いが、いまは下り坂なので問題はない。上り坂が来ないことを祈るばかりだ。 やがてサドルの上に立って進む立ち漕ぎ男の脇を、座り漕ぎ男が追い抜いてゆく。座り漕ぎ男も…

短篇小説「何もない」

とある土曜日の夜、私は「題名のない音楽会」へ行った。 それは「指揮棒のない指揮者」が指揮をとり、「バイオリンのないバイオリン奏者」や「チェロのないチェロ奏者」が「音楽のない音楽」を演奏する素晴らしい音楽会。ないのは題名だけでなく、あるのはた…

短篇小説「キュウリを汚さないで」

工場の真ん中にテーブルがある。テーブルの端で男Aがキュウリに泥を塗っている。 その隣の男Bがたっぷり泥のついたキュウリを受け取ると、シンクへと走りそれを丁寧に洗う。男Bはそのキュウリを、シンク脇に引っかけてある泥まみれの布巾で拭く。キュウリは…

ショートショート「押すなよ」

「押すなよ押すなよ」あいつは言った。 だから僕は押さなかった。「押すなよ押すなよ」あいつはもう一度言った。 やっぱり僕は押さなかった。だって押すなと言っている。「押すなよ押すなよ」あいつはこれで三回も言った。 こんなに何度も言うってことは、押…

短篇小説「不可視な無価値」

右に置いてある物をそのまま右に置いておくのと、いったん左に動かしてから再び右に置き直すのとではまったく意味が異なる。それが我が社の理念である。 これは一度動かしてしまうと同じ右でも位置が微妙に変わってしまうとか、そういうことではない。当初置…

コント「無傷だらけのヒーロー」

【登場人物】 ガジロー選手(野球のユニフォームを着ている) アナウンサー 試合後のヒーローインタビュー。お立ち台に選手が立ち、その横でアナウンサーがマイクを向ける。深めのエコーがスタジアム全体に響き渡る。アナウンサー「放送席~放送席~。本日の…

短篇小説「動機喚起装置もちべえ」

私はついに動機喚起装置『もちべえ』を手に入れた。これさえあればどんな願いも叶えたようなものだ。なにしろ成功する人間にもっとも必要とされるものは、実のところ斬新な発想でも強固な人脈でも漲る行動力でもなく、それらすべての原動力であるところの「…

短篇小説「脂肪動悸」

いつもの道を、歩いていた。天井裏かもしれない。天井裏だとしたら、頭がつっかえるはずだがそんなことはなかった。ならばそれは駅へと向かういつもの道だ。 だけどねずみを見かけたような気がする。ねずみは天井裏にいるべきだ。いやどぶの中という可能性も…

世界十大あけましておめでとうございます2021

あけましておめでとうございます!(ビンゴカードの呼ばれてもない数字を)あけましておめでとうございます!(自動ドアを手動で)あけましておめでとうございます!(開かずの金庫をバールのようなもので)あけましておめでとうございます!(前代未聞の不…

短篇小説「坂道の果て」

大学受験当日の朝、満員電車から予定通りスムーズに脱出した嶋次郎は、受験会場である志望校へと続く坂道を歩いていた。右へ左へうねりながら延々と続くその登り坂は、まるでこの一年間の道のりのようだなと思いながら。 だが嶋次郎がこの道を辿るのは初めて…

短篇小説「土下男」

土下男はすぐに土下座ばかりするから土下男と呼ばれている。名前はまだない。なんてことはないが誰も彼を本名で呼んだりはしない。彼が死んだら、間違いなくその戒名には土下男の三文字が含まれるだろう。だが土の下に埋められるにはまだ早いと言っておく。 …

短篇小説ブログ出戻りのお知らせ~早すぎるカムバックサーモン~

先月、こんなお知らせをしたばかりですが……。tmykinoue.hatenablog.comさっそくですが退却戦のお知らせです(笑)。これは長坂の戦いか姉川の戦いか。しんがりは張飛と猿と麒麟にまかせます。燕人張飛は橋の上に。短篇小説部門を独立させた新規ブログを開設…

書評『一九八四年』/ジョージ・オーウェル

誰もが認めるディストピア小説の代表作である。読んでみるとたしかにそうだと言わざるを得ない。同じ作者の『動物農場』と比べても、ちょっとレベルが違う。徹頭徹尾、とにかく示唆に富んでいる。物語の端々から発せられるのは、現代社会への警告であり人類…

2020年ハード・ロック/ヘヴィ・メタル年間ベスト・ソング10選

1位「Runner Of The Railways」/MARKO HIETALA元TAROT、現NIGHTWISHのマルコ・ヒエタラ初のソロ・アルバムより、もっとも初期TAROTっぽいこの文字通りの疾走曲を。曲名から真っ先に思い浮かべたのはIRON MAIDENの「The Loneliness Of The Long Distance Run…

2020年ハード・ロック/ヘヴィ・メタル年間ベスト・アルバム10選

1位『WE ARE THE NIGHT』/MAGNUS KARLSSON'S FREE FALLウィー・アー・ザ・ナイトアーティスト:マグナス・カールソンズ・フリー・フォール発売日: 2020/06/10メディア: CD敏腕職人ギタリストと新旧実力派ヴォーカリストたちの共演。正統派HR/HMの新たなる教…

書評『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』/デヴィッド・グレーバー

ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論作者:デヴィッド・グレーバー岩波書店Amazon僕はこれまでことあるごとに、「日本では、どういうわけか楽しそうに仕事をしている人の給料が安い」と感じてきた。思い知らされてきたと言ってもいい。もちろん、…

ジョージOL

じゃなくてジョージ・オーウェルを最近ようやく読みはじめた。このタイトルから、OLの格好をした高橋ジョージを期待してしまった人には本当に申し訳ない。著者近影を見る限り、髪型は少し似ているかもしれないが。なぜ今ジョージを読もうと思ったかといえば…

短編小説専門ブログ開設のご案内

このたび、当ブログの短編小説部門を独立させて、『机上の変~不条理短編小説工房~』https://desktopincident.hateblo.jp/という新規ブログを立ち上げることにしました。実のところ、これはしばらく前からの懸案事項でして。2008年末からやってきたこのブロ…

馬鹿擬音語小説「ギュンギュンのウ~ン」

擬太郎がバーンと開けてガチャッと回しザッザッザッと降りると、空はスカッではなくドンヨリとしてシトシトと降っていた。ザーザーというほどではないしもちろんザンザンにはほど遠い。 マンションのエントランスをパカーンと出た擬太郎は、トントンしていた…

今さラー油

先日スーパーでラー油を買おうと思い、久々にラー油売り場を覗いてみたところ、かつてその画期的なネーミングセンスで一大ブームを巻き起こしたあれと目が合った。 『辛そうで辛くない少し辛いラー油』 懐かしかった。目頭が熱くなった。熱くなりそうで熱く…

短篇小説「未遂刑事」

未遂刑事は未遂事件しか扱わない特殊な刑事だ。彼が関わる事件は殺人未遂、強盗未遂など未遂事件ばかりであり、その解決もまた未遂に終わることを運命づけられている。 未遂刑事の行動は仕事に限らず日常の些事に至るまで、何事も未遂に終わる。だから彼は未…

短篇小説「連鎖」

小雨が降ってきた。まだ降りはじめなので、誰も傘を差していない。日傘の季節でもなかった。 駅前の商店街を歩いているひとりの紳士が、ブリーフケースから取り出した折りたたみ傘をパッと広げた。するとその脇を通りかかった父親の腕の中にいる赤ん坊が、口…

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