「押すなよ押すなよ」あいつは言った。
だから僕は押さなかった。
「押すなよ押すなよ」あいつはもう一度言った。
やっぱり僕は押さなかった。だって押すなと言っている。
「押すなよ押すなよ」あいつはこれで三回も言った。
こんなに何度も言うってことは、押されるとさぞ大変なことになるのだろう。僕はますます押せなくなった。
「押すなよ押すなよ」あいつは懲りずに言っている。
それでも僕は押さなかった。押したって僕にはなんの得もない。そうかそうかそうなのか。僕が押さないのは、あいつのためを思ってのことじゃあなかった。僕はなんて汚い人間なんだ。優しさのかけらもない。
「押すなよ押すなよ」あいつはまだまだ言うつもりらしい。
あるいはよほど僕が押しそうな人間だと思われているのか。そう思うと無性に腹が立ってきて、僕はあいつの背中をドンと思いっきり押した。周囲から爆笑が沸き起こった。
「ありがとう!」奈落の底からあいつは言った。
これだから難しい。親切ってやつは。