泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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ショートショート「押すなよ」

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「押すなよ押すなよ」あいつは言った。
 だから僕は押さなかった。

「押すなよ押すなよ」あいつはもう一度言った。
 やっぱり僕は押さなかった。だって押すなと言っている。

「押すなよ押すなよ」あいつはこれで三回も言った。
 こんなに何度も言うってことは、押されるとさぞ大変なことになるのだろう。僕はますます押せなくなった。

「押すなよ押すなよ」あいつは懲りずに言っている。
 それでも僕は押さなかった。押したって僕にはなんの得もない。そうかそうかそうなのか。僕が押さないのは、あいつのためを思ってのことじゃあなかった。僕はなんて汚い人間なんだ。優しさのかけらもない。

「押すなよ押すなよ」あいつはまだまだ言うつもりらしい。
 あるいはよほど僕が押しそうな人間だと思われているのか。そう思うと無性に腹が立ってきて、僕はあいつの背中をドンと思いっきり押した。周囲から爆笑が沸き起こった。

「ありがとう!」奈落の底からあいつは言った。
 これだから難しい。親切ってやつは。

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