泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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短篇小説「面接の達人」

 先日、私はとある企業の採用面接を受けた。特に入りたい会社ではなかったが、こちらにだって特にやりたいことがあるわけではない。私はいつもの如くエントリーシートに、それらしい自己PRと志望動機を書き込んだ。もちろん本当に思っている内容など一文たりとも含まれてはいなかったが、もしも律儀にそれをしたならば、「自分には特に何も能力はない」「何もせずにお金が貰いたい」と表明することになってしまうのだから、こんなところに本音を書く手はない。

 一週間後、そんな嘘まみれのエントリーシートが功を奏したのか、書類審査を通過したので面接に来てくれとの連絡が来た。当日の朝、私はありがちなリクルートスーツを身につけて面接に向かった。

 特に新しくも古くもないオフィスビルの五階に、その会社はあった。受付を済ませると、会議室の前に並んでいる椅子に座ってしばらく待たされた。私の前には、四人の入社希望者が黙って座っていた。やがて面接を終えたひとりの若者が会議室から出てくると、我々の前をしきりに首をかしげながら足早に通りすぎてゆくのが見えた。

「あれはよほど手応えがなかったに違いない」「いや、手応えがないときほど逆に受かっていたりするものだ」私の中で両極端な説が咄嗟に思い浮かんだが、もちろん本当のところどちらなのかはわからない。

 そう考えながら横に並んでいる四人の表情をそれとなく覗いてみると、ざまあみろとほくそ笑んでいる者と、いったい自分もどんな目に遭わされるのだろうと不安な皺を浮かべている者とがちょうど半々であった。私はおそらく、その両者が入り混じった顔をしていたに違いなかった。

 だがそれはどうやら、そのひとりの問題ではないらしかった。それからも面接を終えて出てくる人間は、どういうわけかもれなく首をかしげてみせるのだった。

 そしていよいよ私の番が来た。ノックをして会議室に入ると、目の前には三人の面接官が並んでいた。左から若い男、ベテランの男、中堅の女という布陣に対し、こちらは一人という三対一の面接である。

 用意されたパイプ椅子の脇に立った私は、マニュアルどおりに自らの出身大学名と名前を名乗ろうとした。すると目の前にいるベテランの男が掌を思いきり広げて前に出し、「そういうのはいいから」と強めに制してきた。「ほら、そのへんはエントリーシートに書いてあるから。写真もあるから本人だってわかってるし」

 私はすっかり出鼻を挫かれた状態で、勧められるまま椅子にそっと腰掛けて質問を待った。

「それでは、採用面接をはじめます」まず最初に一番左の、若い男の面接官が口火を開いた。「一番やりたくないことはなんですか?」
「やりたくないこと……ですか?」
「だってやりたいことは、もうここに書いてありますから」若い男は私のものらしき机上のエントリーシートを、蓋のついたボールペンでペンペン叩きながら言った。

 私は想定外の質問に戸惑いを覚えたが、質問の内容を冷静に考えてみると、答えは案外すらすらと出てきた。自分ににはやりたいことなど特にないが、やりたくないことはいくらでもあることを知った。

「じゃあ、人よりも確実に劣っていることは?」今度は右端の女が、当然のようにそう訊いてきた。たしかに私は自己PRの欄に、ちっぽけながらも自らの長所と思われることを書いてしまっていた。すでにエントリーシートに記入されていることは、もう尋ねる必要はないという先ほどの男の論法は、どうやら組織的に共有されているものらしい。

 すると私の脳内には、エントリーシートを書く際の懊悩が嘘のように、次から次へと自分の短所が思い浮かんでくるのだった。しかしそれを正直に口にして良いものかは、私もさすがに悩んだ。

 面接で自らの短所をアピールするなど聞いたことがないし、そもそもそんなことを聞いて、いったい企業側になんのメリットがあるのだ? 企業はその人材が自社にどのような貢献をしてくれるのかを知りたいのであって、どのような損害を与えるのかを知りたいはずはないのだ。そもそもそのような人材を、わざわざ金を払って雇い入れる必要などあるはずもない。

 私は控えめに二つほど自分の短所を答えたが、その回答をきっかけに、かつて経験したことがないほどに話が盛り上がってゆく手応えをたしかに感じた。続けてそれを受けたほかの二人からも、「あとは?」「もう一丁!」と思いがけず促されたため、さらにいくつも、思いつく限り素直に短所を次々と答えてしまった。

 以降も面接官からは、「憧れない人は誰?」「言われたくない言葉は?」「絶対に行きたくない場所は?」などと、とにかくネガティブな質問を浴びせられることになった。そうなれば途中からは私も、これは採用面接ではなく単に面白がってイジられているだけなのだと気づき、こんな酷い扱いでは受かるはずがない、ならば開き直って日ごろの不満を吐き出す機会としてこの場を利用してやろうと無理やり前向きに考えることにして、容赦なくそれを実践した。

 そうしてやはり私もまた、会議室を出てすぐに首をひねることになったが、その日のうちに届いた〈採用〉のメールを見て、私はさらに首をかしげることになった。

 もろもろの準備を整えて臨んだ入社当日の朝、予定よりも早めに出社した私はまず人事部長のもとへ赴き、あの面接でなぜ自分が採用されたのかと率直に尋ねた。人事部長とはすなわち、面接のとき真ん中に座っていたベテランの男だった。

「君はどんなにネガティブなことを訊かれても、答えに詰まらなかったでしょう。それはつまり、イメージできていたということなんだよ。最低の自分や、最悪の状況というものをね。そしていったんイメージできたということは、もうそれらを事実として受け容れたということでもあるわけだ。だってほとんどの人間は、やりたくないことを尋ねられても、イメージすらできないものだからね。逆に言えば、本当にやりたくないことってのは、自分でもまだ気づいていないもの、イメージの範囲外にあるものってことなんだよ。つまりいったん頭の中に思い浮かんだってことは、君は本当はそれを嫌いじゃないし、やりたくないわけでも全然ない。なにしろいったんは、自分がそれをやっている姿を想像できているわけだからね。つまりそれこそが、君のやりたいことだと言っても過言ではないわけだな。それはほかの質問に関しても同じく当てはまるわけで、たとえば『憧れない人は?』と訊かれて君が答えた人は、その姿をイメージできた段階で、君にとってはもう好きな人も同然ということになる。だから我が社としては、君が面接で『嫌だ』とか『やりたくない』と答えたことに関しては、むしろどんどん積極的に君に与えていこうと思ってる。なぜならばそれをイメージできたってことは、君はそれを好きだということだからね。だから仕事の内容も、君がやりたくないと答えたことを優先してやってもらうことになるし、行きたくない場所で、憧れない上司のもとで働いてもらうことになる。でもなにひとつ問題はないんだよ。なにしろ君はそれらの像を、すでに一度は明確にイメージできているわけだし、イメージできたということは、もう自分の中に取り込んだも同然であって、そうなればすぐに愛着が湧くに決まっているわけだからね。だから今日から君はすっかり大船に乗ったつもりで、すべてを我々にまかせてくれればいいんだよ。とにかく君には、大いに期待しているよ!」

 私はいったい、何をどこで間違えてしまったのだろうか。


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