泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

書評『北京の秋』/ボリス・ヴィアン

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フランス文学の異端児による奇譚。

再読して改めて気づくのは、この作品がとにかく遊び心にあふれているということだ。そしてそれがなぜか哀しい。そんな作者の独特なスタンスを理解するためには、巻末の安部公房による解説にある、本作の謎めいた題名に触れた一文が助けになる。

なぜ「北京の秋」なのだろう。ヴィアン自身、その質問に対して、なんの関係もないからだと答えているらしい。

これは一見ひねくれているように見えるかもしれないが、「なんの関係もない」というバッサリ切断された感覚は、逆に清々しくもある。不条理ではあるが、そもそもこの世の条理が信頼に足るかと言われればそれこそ疑問だ。現実的でありながら、現実とは綺麗に手を切った別の現実が描かれる。それこそフィクションの真髄なのではないか。

ヴィアンは現実的な描写の中に、隙あらば非現実的なシーンをひょこひょこ挟み込んでくるから油断がならない。それはいつも唐突で、理由や動機の説明もなく当たり前のように描かれる。

アンヌの車の腕はすばらしかった。そして彼は、フラッシャーの端で、歩道を歩いている子供の耳をひっかけるのに夢中だった。

リアルとファンタジーを、わりとぶっきらぼうに調和させてしまう不思議な世界観が全体を包んでいる。これを作者の豪腕と捉えるか、のらりくらりと発揮される自由な感性と見るべきか。

どう書けばこんなに現実と非現実を馴染ませることができるのか、ということを考えながら読む。もちろんその答えはわからないが、思いつきを放り込む勇気は間違いなく必要だ。そこには、読者の感性に対する信頼も含まれる。

大まかにいえばユーモラスな前半と、メランコリックな後半。ユーモアの果てには、いつだって哀しみが待っている。

個人的には、伏線を回収しようというエンタメ的意識が垣間見える後半よりも、奔放かつ無責任に筆を走らせているように見える前半のほうがより好み。実際のところどこまで全体を想定して書き出されているのかはわからないが、スムーズでない展開の唐突さこそが、作品の大きな魅力になっている。


ボリス・ヴィアン全集〈4〉北京の秋

ボリス・ヴィアン全集〈4〉北京の秋

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短篇小説「ABCマートの店内でだけ流れてるラジオ」

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 強く細かな雨がノイズのように降り注ぐ平日の昼下がり。差した形跡のない白い粉を吹いたビニール傘を手に、濡れそぼった姿で我がオフィスの会議室に現れた自称23歳の女は、面接官である私の目の前で、恐るべき志望動機を語ったのであった。

「《ABCマートの店内でだけ流れてるラジオ》番組ってあるじゃないですか?」

 聴取率30%台の番組を語るようなその自信にあふれた声のトーンに、私は「ですね」としか言えなかった。

「わたし、あの《ABCマートの店内でだけ流れてるラジオ》のパーソナリティーになりたいんです。ここでなれますか?」

 たしかに、当社はアナウンサーが多数所属する芸能事務所であり、私はその採用担当者である。そして私は時にスニーカーを買いに、ABCマートを訪れたこともある。その店内には、いかにも無難なFMっぽい軽薄なノリのラジオが、いやそれでいてどこの局でもやっていないであろう不可思議な番組が、もしかすると流れていたような気がしないでもない。

 つまり彼女がここへ来た動機としてそれは、けっして大きく間違ってはいないのかもしれない。《ABCマートの店内でだけ流れてるラジオ》のパーソナリティーになりたければ、ABCマート本社を直接尋ねるという方法も考えられるが、靴販売の会社がラジオパーソナリティーをじかに募集しているとは思えない。

「まずはアナウンサーとして様々な番組をやってみて、いろいろと経験を積んでいるうちに、いつの日か《ABCマートの店内でだけ流れてるラジオ》のオファーが来る、なんてこともかもしれませんね」

 私はややピンポイントすぎる志望動機に戸惑いをおぼえつつも、質問に対しては誠実に言葉を選んで答えた。なぜならば彼女は、圧倒的に美しい容姿と声を持っていたからである。この子は、明らかにアナウンサーに向いている。長年の採用経験により培われた現場の勘が、私にそう告げていた。

 そうなると、むしろ彼女がテレビ各局のアナウンサー試験で採用されていないことが不思議に思えてくる。それくらいの逸材であることに、間違いはない。私は率直にその点について訊いてみた。しかし彼女の回答は、再び私に驚きを与えるものだった。

「そんなの、受けるわけないじゃないですか。だってテレビ局のアナウンサーになったところで、《ABCマートの店内でだけ流れてるラジオ》のパーソナリティーになれる気が微塵もしないですから」

 よくわからないパーソナリティーが、よくわからないゲストを迎えて、よくわからない曲をかけている。私の中で《ABCマートの店内でだけ流れてるラジオ》とはそういうものであったが、彼女がなぜ《ABCマートの店内でだけ流れてるラジオ》のパーソナリティーにそんなにもなりたがっているのか、私にはさっぱりわからなかった。

 すると今度は、彼女のほうから厳しい質問が飛んできたのだった。

「ではお訊きしますが、貴殿は何年間この業界で働いていらっしゃるのですか?」

「まもなく30年になりますが……」

「30年も業界にいるのに、いまだに《ABCマートの店内でだけ流れてるラジオ》のエントランスさえ見つけられないなんて、貴殿は30年ものあいだ、いったいどこをほっつき歩いていたというのですか?」

 責められるポイントがあまりに具体的すぎて、私の中には反論すべき言葉が用意されていなかった。もはや無駄だとは思いながらも、私は苦しまぎれに、アナウンサー志望者全体に通じるはずの一般論を持ち出してみることにした。

「そういうことよりもまず、全国放送で有名になりたいとか、日本中に笑顔を届けたいとか、普通はそういう……」

 彼女は私がすべてを言い終わる前に、食い気味で答えはじめた。

ABCマートは全国にありますよ! つまり《ABCマートの店内でだけ流れてるラジオ》は全国区なんです! 笑顔は店員さんが届けてるからいいんです!」

 私の一般論はやはり無駄に終わった。これだけ具体的な人間に、抽象的な一般論など通用するはずがなかった。

 その後も私は彼女に、君のような逸材は、ぜひともテレビ各局を股にかけるアナウンサーとして売り出したいのだと伝えた。しかし彼女は頑として聞き入れなかった。《ABCマートの店内でだけ流れてるラジオ》のパーソナリティー以外の仕事は、何ひとつやりたくないのだという。ノーギャラでも構わないから、とにかく《ABCマートの店内でだけ流れてるラジオ》だけをやらせてくれ、と。

 さすがにそこまで一点突破な売り方では事務所の売り上げになるはずもなく、かといって彼女に条件を譲る気配は微塵もなかったため、私はしぶしぶ説得を諦めざるを得なかった。

 会議室を出てゆく彼女の立ち姿は、やはり抜群に美しかった。その美しさを際立たせているのが、自然と履きこなされている真っ赤なハイヒールであった。スニーカーが好きそうなタイプには、とても見えなかった。

 いったん会議室を出かかった彼女が、何かを思い出したように振り返り、バッグの中から名刺を差し出した。もしも気が変わったら、連絡をください。そこに書いてあるインスタのアカウントを見てもらえれば、わたしの仕事に対する情熱がわかっていただけるはずだから。そう言い残して彼女は、踵を鳴らして立ち去ったのだった。

 私はデスクに戻り、早速スマホから彼女のインスタグラムのアカウントにアクセスしてみた。そこには様々な高級ブランド靴に彩られた、彼女自身の足下を捕らえた写真がところ狭しと並んでいた。だがそこにスニーカーは、一足たりとも映り込んではいなかった。


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短篇小説「河童の一日~其ノ十八~」

 近ごろ妙にヘッドソーサーが膨らんできたので、今日は街のiPhone修理屋へ行った。

 知らない人も多い(そして知らない河童はいない)と思うが、河童の頭皿交換はiPhoneの修理屋で行ってもらえることになっている。もちろん裏メニューだが、要領はバッテリー交換と同じらしく、「寿命が来ると膨張する」という物理的特性も共通しているからだろう。

 僕のヘッドソーサーもスマホのバッテリー同様、約二年で水分含有量が著しく落ちてくるため、定期的に交換してもらっている。バッテリーにおける電力にあたるものがヘッドソーサの場合水分であるわけだけれど、これもやはりバッテリーの充電と同じく、こまめに水分補給をすると劣化が早まるので注意が必要だ。

 つまり、なるべく乾ききってから水分補給したほうが皿の寿命は伸びるのだが、河童の場合、ヘッドソーサーが完全に乾いてしまうと死に直結するため、ギリギリまで粘るのは危険極まりない。乾燥すなわち死あるのみである。

 ネット上では、「劣化したヘッドソーサーを冷蔵庫で冷やすと復活する」とか、「自力でヘッドソーサーを交換したほうが安上がり」とかいったウマい話が転がっているけれど、そうはいってもヘッドソーサは河童にとってはいちおう臓器のひとつだから、そう簡単にチャレンジングな手法に手を出すわけにもいかない。

 でもとにかくヘッドソーサーが僕の頭上ですっかり膨らみきっていて、なおかつ水分補給した際の発熱も激しく、水をかけてやってもすぐに蒸発してしまうその様は、まるでお好み焼きの鉄板のようで。しかも焼けるのは皿だけであって、美味しいお好みが食べられるわけでも、かつお節が優雅に躍るわけでもない。

 もちろん修理を依頼するならば街の修理屋よりも正規店がベストなわけで、たとえばiPhoneであればアップルストアで修理してもらうのが一番安心である。のちに下取りしてもらう場合なんかにも、非正規店で修理したものは改造品と見なされて下取りしてもらえないといった不利益もある。

 ただし正規店のデメリットとしては、たかがバッテリー交換程度の作業でも、本体を丸ごと二週間程度は預けなければならないということで、つまり河童の本体がどこぞの工場に二週間ものあいだ軟禁されることになる。

 といって、じゃあ河童の正規店はどこかと問われればそんなものはなくて、そもそも河童に正規品も非正規品もない。だからそもそも二週間隔離されるという修理法もなくて、とにかく街のiPhone修理店に持ち込むという以外に選択肢はないのである。
 
 今日はネットのカッパペッパービューティーで初回限定割引クーポンを見つけたので、初めての修理店に行ってみた。若い茶髪のヤンキーみたいな店員で不安だったけれど、これが意外と親切に色々と教えてくれるうえに、

「ソーサー交換するついでに、プラス千円で容量を倍に増やせますよ」とお得な増量サービスの提案までしてくれた。

 ヘッドソーサーの交換代が四千円、そこにたった千円を上乗せするだけで要領が倍増するとなると、これは頼まないほうが損に決まってる。そう判断した僕は、二つ返事で「じゃあお願いします!」と言って、十五分ほどの施術を受けて「倍増河童」に生まれ変わったのであった。

 そして家に帰ると、フル充電よろしくお風呂で経口補水液を1リットルほど浴びてフルに水分補給してから、寝る前にこの日記を書いている。しかしなんだか妙に頭が重いような気がするのは、気のせいだろうか。なんというか、ちょうどこれまでの倍くらい重いような気が。


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