泣きながら一気に書きました

不条理短編小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

短篇小説「迷信迷走」

f:id:arsenal4:20200612135938j:plain:w500

 迷村信彦はスマホであれ一眼レフであれ、写真を撮られるのが嫌いだ。それはもちろん、〈写真を撮られると魂を抜かれる〉という迷信を信じているからにほかならない。

 なぜそうなのかは知らないが、おそらく生きた魂は固定されることを嫌うのだろう。その証拠に、〈動画を撮られると魂を抜かれる〉という説は聞いたことがない。

 信彦がパスタを食べるときにフォークで巻かないのは、〈パスタを巻くとどこかで何かのネジが緩む〉からだ。

 全世界の「巻き」の総量は決まっていて、誰かがどこかで何かを右に巻くと、どこかで何かが同じくそのぶん左に巻かれることで、この世界のバランスは保たれる。そんな「巻量保存の法則」を信彦は信じている。街の美容室でカットモデルが右巻きのパーマをかけた直後に、大気圏突破を試みるロケットのネジがいくつか左巻きに緩まる可能性だってあるのだ。

「来年の話をすると鬼が笑う」とよく言うが、ということは反対に「去年の話をすると鬼が泣く」ということになるはずで、信彦は普段から、絶対に去年の話はしないように気をつけている。

「鬼みたいな悪い奴は泣かせてやったほうがいい」という向きもあるだろう。だがそれこそ浅はかというもので、泣いた鬼は必ず全力で復讐にやってくるに決まっている。そうなればこちらは、泣く暇どころか豆を投げる間もなく惨殺されてしまうことだろう。

 しかし当然のことながら、普通に生きていれば去年の話をしなければならないこともある。そんなとき信彦は「去年の話」を「一昨年の話」として語るのだが、プライベートならまだしも、仕事でこれをやると混乱を招くことが少なくないのも事実であった。

 たとえば、去年から年をまたいで続くプロジェクトについて会議をしている場合。そこで誰かが去年おこなった作業について触れようものなら、「それって一昨年のことですよね!」と信彦から間違った訂正が逐一強めに入るからだ。

 しかし近ごろは同僚らもすっかり慣れっこになっており、信彦が「一昨年」と言った際には、「一昨年と去年の二年のうちのどちらかを指す」という解釈がすっかり一般化している。

 そして彼らは信彦に、「それってどっちの一昨年?」と尋ねることになる。対して信彦が、「前の一昨年です」といえば本当に「一昨年」を、「後の一昨年です」と言えばそれは「去年」のことを指していると理解する。そうやって同僚たちはようやく正確な実施年を確認するという、斬新かつ無駄に迂遠な手法すら編み出すに至ったのである。

 このように信彦には既存の迷信を勝手に応用する癖があり、ゆえに〈霊柩車を見たら親指を隠せ〉というかの有名な迷信にも複数のバリエーションを持っている。

「ということは、救急車を見たときには何指を隠せばいいんだろう? それにパトカーの場合ならどうする? じゃあ消防車とすれ違ったら、いったいどの指を隠せばいい?」

 信彦はそうやって場面ごとに分割して考え、それぞれの対象に合わせてふさわしい指を割り振ってゆく。

 そして信彦が出した結論はこうだ。街で救急車を見かけた場合には、適切な薬が素早く処方されるようにとの願いを込めて、薬指以外のすべての指を隠す。パトカーとすれ違った際には、欧米ではもっとも敵対心を示す中指を隠すことで、無抵抗の意志をひっそりと示す。また相手が消防車の場合には、咄嗟にひとさし指の先っぽを隠し、ひとさし指の頭文字、つまり「〈ひ〉を消す」ことにより、陰ながら応援の意志を表明する。

 しかしいずれも端から見れば単なるグーにしか見えないため、これまでその行為を咎められたことは一度もない。むろん効果のほどなどもちろん不明である。

 そんな信彦が、近ごろウーバーイーツの自転車とよくすれ違う。この場合はいったい、どの指を隠したら良いのだろうか?

 なんてことを考えながら信彦が昼休みにカフェでランチをしていると、女子二人の座る隣のテーブル席から、カシャカシャと写真を撮りあうシャッター音に、パスタを勢いよく巻きつけるフォークが皿の上を滑りまわる音が合わさり、果ては楽しげに「去年」の旅行話をする声までが耳に入ってきたのであった。

 幸いまだ注文していなかった信彦はあわてて店を出てオフィスに戻ると、そこでついに懸案のウーバーイーツを頼んでみることにした。とりあえず初回はすべての指を隠して注文を待つことにしたが、すっかりグーを握り込んだ状態で料理を受け取り会計まで済ませるのは実に面倒くさく、俺はいったい何をやっているんだろうと初めて信彦は思ったのだった。


www.youtube.com

アウト・オブ・ディス・ワールド

アウト・オブ・ディス・ワールド

短篇小説「挨拶の懊悩」

f:id:arsenal4:20200608183455p:plain:w400

 元気は元気であることに疲れていた。誰かと久しぶりに会うたび、いちいち「お元気ですか?」と訊かれるのが面倒で仕方なかったのである。

 そんなのはもちろん単なる挨拶の常套句であって、本当に目の前の相手が元気か元気でないかなど誰も気にしているわけではない。それはわかっているのだが、元気に許されているのはいつだって「元気です!」という快活な返事ただ一択のみであった。元気にはそれが不本意で仕方ない。自分がたいして元気でないときには、それは嘘をついていることになってしまうからだ。

 元気はかつて一度だけ正直に、「お元気ですか?」との挨拶に「それほどでもないです」と正直に答えてみたことがあった。その日は本当になんとなく体調がイマイチだったのでそう答えたのだが、相手は思いがけぬ返事にすっかり面食らったようで、うっすらと苦笑いを浮かべたままそそくさと立ち去ってしまった。

 こんなときは、むしろ明確な病気にでもかかっていたほうが、話は盛りあがるものなのかもしれない。

「実は先週まで、インフルで寝込んでまして」
「それはそれは、大変でしたね。じゃあ鼻の奥にあの長いの、突っ込まれました?」
「ええ、それはもうグイグイで。脳みそ突き抜けるかと思いましたよ、ハハハ」

 盛りあがったとてなんの中身もない会話だが、気まずく別れるよりはいくらかマシであるように思える。元気が元気でないと答えるくらいならば、元気が元気に病気の話をしたほうがいい。しかし元気は基本元気であるため派手な病気などしないから、やはり元気は「元気です」と答えるしかないのだ。元気は元気にとり憑かれて生きていた。

 おはようは近ごろ、おはようがますますわからなくなってきた。おはようは漢字で書けば「お早う」となる。お互いにまだ時間が早いということを報せあうことに、いったいなんの意味があるというのか。おはようは自分に存在価値などいっさいないのではないかと、そう思いはじめていた。

 そのうえおはようは、いったい何時から何時までがおはようの守備範囲であるのかを、いまだはっきりとは自覚していない。オフィスで午前十一時に「おはようございます」と上司に挨拶したところ、「いやもう『こんにちは』の時間帯だろ」と注意されたこともあったし、もっと嫌味な先輩には、「はい、おそようございますぅ」と当てこすりを言われたこともあった。

 かと思えば、テレビCMの撮影現場に立ちあった際には、午後三時にスタジオ入りした主役の人気子役タレントから開口一番、元気に「おはようございます!」と挨拶されてたじろいだこともあった。芸能界では何時であろうと挨拶は「おはよう」一辺倒だと言われているが、このときおはようは、自らの意味が脳天からふわっと抜けてゆくような虚脱感をおぼえた。

 悩ましいおはようは、ある夜行きつけのバーで隣人のこんにちにこの件について相談することにした。するとこんにちはお悩みに答えるどころか、「俺のほうがもっと意味不明だよ!」と逆に愚痴をこぼしはじめたのだった。

「こんにちは」という挨拶は、漢字で書けば言うまでもなく「今日は」である。会ったばかりの相手の目の前に、ただ文章の主語だけがいきなりポンと置かれた状態。お互いに同じ「今日」という孤独な主語だけを投げかけあうのみで、それに続くべき文章のいっさいがどういうわけか省略されてしまっている。こんにちは「だからなんなんだよ」といつも強く感じながら、それでも義務感からこんにちはを言い続けているという。

「いやほんと、まったくだよな」

 先ほどからカウンターの隅で聞き耳を立てていた男が、二人の会話に割り込んで賛同の意を示してきた。こんにちの意見に激しくうなずいた男は、自らの名を「こんばん」と名乗った。

 おつかれは、たいして仕事もしていない一日の終わりに「おつかれさま」と挨拶することに強い罪悪感を感じている。相手に「おつかれさま」と言われたら、こちらも「おつかれさま」と返さなければいけないことにどうやらなっているが、ここで素直に「それほどでもないです」と答えてみたら、人間関係はいったいどうなってしまうのだろうとおつかれは考える。

 ある日そんなおつかれの職場に、かつて何度か仕事でかかわったことのある、関連会社社員の元気が久々に現れた。

 おつかれは元気に「お元気ですか?」とご機嫌うかがいの挨拶を投げ、一方でちょうど会社への用件を終えた元気はおつかれに「おつかれさまです」とねぎらいの挨拶を述べた。それからお互いが相手の挨拶に対して、同じく「それほどでもないです」と正直に答えることを果敢にも選んだのだった。そのときオフィスにいた全員が、数年間放置された倉庫のような空気の澱みを感じたという。

 元気でもつかれてもいないときにふさわしい挨拶の言葉を、我々は至急発明する必要があるのかもしれない。さらには、「今日は」と「今晩は」の先にあるなにかしらの言葉を。


www.youtube.com

NEVERMIND/REMASTERED

NEVERMIND/REMASTERED

  • アーティスト:NIRVANA
  • 発売日: 2011/09/23
  • メディア: CD

短篇小説「風が吹けば桶屋が儲かるチャレンジ route 1」

f:id:arsenal4:20200605144952j:plain:w500

 一陣の風が、吹いた。はたして桶屋は儲かるだろうか。

 駅前の大通りを通り抜けた風が、路上に落ちていたコンビニ袋を舞い上げた。宙を舞ったコンビニ袋が、直進してきた八百屋の軽トラックのフロントガラスに貼りつき、その視界を奪う。八百屋の軽トラは急ブレーキを踏んだが、その急停止のせいで、後方から大型トラックに追突される。その衝撃で軽トラの荷台に積み込まれていたダンボールの蓋が次々と開き、大量のリンゴが路上へとばら撒かれた。

 そこを通りかかった親切なお婆さんが、きんちゃく袋かららくらくホンを取り出しすぐに警察と救急車を呼んだ。お婆さんと集まってきた野次馬たちは、心配気に状況を見守りつつも、手持ち無沙汰からか落ちていた大量のリンゴを拾い集めはじめる。そしてひしゃげた軽トラの荷台から、まだ使えそうなダンボールをなんとか見つけてリンゴを戻してやった。どちらの運転手にも、命に別条はなかった。

 実況見分を終えて店に戻った八百屋は、痛む体にむち打って荷台のリンゴをそそくさと店頭へ並べた。翌朝早く、開店前の八百屋は二人組の刑事に叩き起こされた。その中のひとつを買ったお客さんのひとりが、リンゴを食べて毒死したという。

 聞くところによると、死んだのは前日リンゴを拾ってくれたあのお婆さんであった。お婆さんは事故の数時間後、八百屋のことをひどく心配している様子で、警察に住所を尋ねてまでわざわざ隣町の八百屋を訪ねると、親切にもリンゴを買って帰ったのだった。

 鑑識が調べたところ、八百屋の軽トラの荷台にあった数百個のリンゴのうち、毒が入っていたのはお婆さんが食べたたったひとつであることが判明した。ここで一転、お婆さんの自作自演による自殺説が、若手刑事の提案により持ちあがることになる。だがそれを決定づける証拠も遺書もなく、特定には至らなかった。

 八百屋はしばし様子見を続けたのち、事故で負ったむち打ちの症状が完治したタイミングで営業を再開したが、すっかり悪い噂が広まっていたためか客足は遠のいた。八百屋は取り調べで無実を主張し続けたが、疑いが完全に晴れたわけではなかった。

 八百屋はこれを機に既存のやりかたを何か大きく変えることで、改めて商品の安全性をアピールする必要があると考えていた。ピンチをチャンスに変えたいと強く願った。

 そこへある日、ひとりの年老いたセールスマンが訊ねてきた。セールスマンは明らかに定年を過ぎているように見えたが、現役をアピールするようにくたびれたスーツに身を包んでいた。

「このたびはいろいろと、大変だったでしょう」

 セールスマンは、まずはじめに八百屋を思いやる言葉をかけた。彼は八百屋が起こした事故について、かなり詳しく知っているようだった。八百屋も心を開いて、事故の状況を丁寧に説明した。

「そうなると、問題は無防備な輸送方法にあったのではないでしょうか?」

 セールスマンはセールスマンらしく、さっそく具体的な話に入っていった。

「たくさんのリンゴをダンボールに詰めて運ぶという程度のセキュリティでは、いつどこで毒リンゴが混ぜ込まれてもおかしくはありません。まずは個別舗装。そしてその個々のケースには、頑丈なセキュリティ・システムが必要であるのは言うまでもありません。いま求められているのは、そんな現代、そして次世代をも睨んだ世界基準の危機管理能力というやつですよ。それは八百屋様とて、まったく例外ではありません」

 そして翌日から八百屋の軽トラには、ちょうど果実一個分のサイズに設計され、個別に電子錠までついたひのきの桶へと収められたリンゴが無数に積み込まれることとなった。桶はリンゴの数だけ必要になった。

 老いたセールスマンが本当は代々続く桶屋の主人であり、かつ毒リンゴを食べて死んだお婆さんの夫であるという事実には、まだ警察の捜査は及んでいない。事故の直前に、お婆さんがコンビニへ立ち寄っている姿も、防犯カメラにはしっかり捉えられているのだが。

 なにはともあれ、おかげで桶屋は大いに儲かったという。


www.youtube.com

HEY,MAN

HEY,MAN

  • アーティスト:MR.BIG
  • 発売日: 1996/01/25
  • メディア: CD

Copyright © 2008 泣きながら一気に書きました All Rights Reserved.