泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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破くまえに読む

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以前から気になっている表現に「読破」という言葉があって。

言うまでもなくそれは「(書物を)最後まで読み通す」という意味ではあるのだが、それにしても破く必要はない。

もちろん最後まで読んだところで実際に破く人など滅多にいないはずだから、読み切ったことを自慢するための強調表現としての「破」なのだろうとは思う。それは思ってる。

にしても、である。たしかに「破」の字は、いかにも暴走族が好んで用いそうという意味ではわかりやすい強調表現ではある。しかし読書というわりと静謐な行為の到達点に待つ強調表現として、そのような暴力的な言葉がふさわしいとはどうにも思えないのである。

などと考えつつ、自分でもSNSなどに本を読んだ感想を書くことがあって、その際にはその本をどうしたと書くべきかという迷いが常にあるのも事実。

よく見かけるのは「読了」という言いかたで、これは僕も仕方なく使いがちなのだが、《ドストエフスキーの『罪と罰』読了。》なんて書くといかにも格好はよろしい。

だがやはりこれはこれで他人が書いてるのを見かけるとそれなりに鼻につく感じもあって、なんというか「了」の字が醸し出す「成し遂げた感」がうるさい気がする。

それでも、《ドストエフスキーの『罪と罰』読破。》に比べるとまだマシというか、そこまで阿呆っぽくはないけれど、やっぱりどうしても手柄をアピールしている感じが出てしまうのは避けられない。実際、読み終えた直後の達成感を満喫している最中の当人としては、少なからず読み終えたことそれ自体を褒めてもらいたいというところもあるのかもしれない。

それでいうと昨今よく使われる「論破」という表現は、「破」の字の強調表現がかなり的確な方向性で使われている感じがする。ここでの「破」の字は、「相手の持論を破壊することによって敵のプライドをズタズタに切り裂く」という「破」のイメージと見事に合致する。

その意味でいくと、「読破」とは相手=その本の著者の主張を積極的に破壊する行為ということになるが、もちろんそんな意味はない。むしろ意味的には逆で、「読破」とは読むことによって著者の意見をいったんはすべて受け容れる段階を意味しているのではないか。

そしてこの手の「破」用法で過去イチに謎だったのが、僕が漫画編集者時代に予告ページのキャッチコピーで流行りはじめていた「描破」という言葉である。

《○○先生が血湧き肉躍る暗黒のファンタジーバトルを描破!》

というような感じに、この言葉はわりと激しめの作品のコピーに使われたりしていたのだが(その点は「破」の字のイメージに即してはいる)、やはり字面を読む限り、漫画家がアクションシーンに勢い余って原稿用紙を破いてしまっているか、あるいは古来あらゆる芸術家がそう描かれてきたように、作家が納得のゆかぬ失敗作にイラついて原稿をビリビリに引きちぎっている様子がどうしても浮かんでしまってしょうがない。

そもそも「読破」の系譜で考えるならば、破く権利があるのは完成品を手にしている読者のほうであって、著者が書いている途中で破ってしまったのでは、読者は破くどころか読むことすらできない。

漫画における「描破」とは、一般の書籍で言えば「著破」ということになるのかもしれず、それはさすがにピンとこないというか、著者が執筆途中にヤケを起こしてむしろ最後まで書き切れなかった感触が残る。破れかぶれな著者がチョハ、チョハ。

というわけで直近の問題は、結局のところ本の感想をつぶやく際に「読了」以外の、嫌味なくふさわしい表現はないものかということで。

しかし《『罪と罰』を読んだ。》と書くと、いかにも何も考えずに読んだような馬鹿っぽさが前面に出てしまうし、それを敬遠して「読んだ。」の部分を省いて題名だけ書いたあとすぐに感想を続けると、いったい読んでから書いているのか読んでいない作品について書いているのかわからない。

《『罪と罰』を読む。》と現在形にすると過去形に比べて達成感アピールは薄まっていい感じだが、これだとまだ読んでいる途中である可能性もあって田中邦衛が出てきてしまう(子供がまだ読んでる途中でしょうが! ちなみにこの文章のタイトルも邦衛的でしょうが!)。一方で「読み終えた。」だとやはり達成感が出てしまうし、いっそ「読み晒した。」とか「読み殺した。」くらいまでいってしまったほうが良いのだろうか?(The 混迷)

といったあたりで結論は出ないまま、著者はこの文章を思いきって著破。やっぱりこう書くとだいぶ恥ずかしいよ著破。

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