泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

短篇小説「言わずもが名」

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 かつてはこの国にも省略の美学というものがあった。

 たとえば俳句。に限らず会話や文章、そして商品のネーミングに至るまで、語られていない行間にこそ価値がある。そこに粋を感じる悠長な時代がたしかにあったのだ。いやあったらしい。私はそんな時代は知らない。物心ついたときからすでに、省略は不誠実と見なされ罰せられる、何もかもが説明過多な時代がすっかり完成していたのだから。

 もちろん説明過多というのは過去と比較しての話だ。この時代に生きる私たちはそれを説明過多と感じることはない。なぜならば目にするものも会話も文章も、すべてが常時説明過多であるからだ。

 つまりそれはデフォルトであり標準仕様であって多いも少ないもない。普段生きていて呼吸を意識しないように、長ったらしい商品名をわざわざ意識することもない。なんの不思議もなく必要なものをカゴに放り込むだけだ。それは省略の時代に生きるかつての人間と何も変わらないだろう。

 私は今日ひさびさに「薬品洗剤紙類食品飲料雑貨その他諸々ストア」へ行った。こういう店をかつては気軽に「ドラッグストア」と呼んでいたらしい。だがいつしか、「薬以外のものもたくさん置いてあるのに『ドラッグストア』とはこれいかに。過度に省略された名称は事実の歪曲であり詐欺的かつ不誠実である」という世論がどこからか湧き起こり、このような長ったらしい名称で呼ばれるようになった。

 もちろんこの名称に関しても、いまだに議論の余地はある。いくら省略を避けたいからといって、最後に「その他諸々」とつけてしまうのは逃げではないのか? それでは何も言っていないのと同じではないのか? という問題である。たしかに、「その他諸々」さえつけておけば良いとなれば、別に「ドラッグその他諸々ストア」で説明充分だということになってしまう。

 しかし商品ジャンルをいちいち丹念に入れ込んでいったら、どれだけ長尺にしたところでキリがないのも事実だ。というわけで現状はこの程度の折衷案で許される空気感がある。もちろん空気は変わるものだから、より説明を求める世の中の空気が強まれば、さらなる長尺化の時代が来る可能性も充分にあるだろう。

 さて、私が薬品洗剤紙類食品飲料雑貨その他諸々ストアに足を踏み入れて最初に手に取ったのは、「ポンプの頭を押して出てきた白い泡を手につけて水に混ぜると手の汚れが落ちてそれを水で流すと泡ごと汚れが排水溝へと流れ落ちてゆくソープ」だ。ちょうどストックを切らしていたので、詰め替え用のパックを補充しておくタイミングだった。

 その隣にはライバル商品である「泡が泡のように泡立って手がピカピカになる素敵な石鹸」が並んでいたが、そちらは商品名に含まれる説明が不適切であると判断して買わないほうが良いと判断した。

 その商品名には、前者と比べてまず水を使うことが明記されておらず、さらに泡と汚れが一体化するということ、さらにはその流れてゆく先が排水溝であるということすら表現されていない。これではどこで使う商品であるのかがさっぱりわからず、たとえば排水設備のない食卓で使ってしまう危険性がある。子供なら立派なお山を拵えた直後の砂場を泡まみれにしてしまうかもしれない。

 そのくせ「泡が泡のように泡立って」というまったく比喩になっていない自己言及的な比喩があったり、「ピカピカになる」とか「素敵な」といったごくごく主観的な形容があったりと、文字数の割りに無駄が多く明らかに不誠実なネーミングである。予想通り大量に売れ残っている様子を見るに、消費者の賢明な判断力を感じるが、さすがにこれは命名庁に連絡を入れておいたほうが良さそうだ。

 このような商品説明に関しては、かつてパッケージや封入された説明書にすべて任せていたという信じ難い話も聴く。だが結局のところ、そんな細かいところは誰も読まないに決まっているので、すべての要素をネーミングに入れ込むべきだという点で皆の意見が一致した。当然のなりゆきであろう。

 ゆえにいまは商品説明だけで名称が長くなってしまうことが避けられないため、商品名の中にたとえば「アクアフレッシュ」や「チャーミーグリーン」のようなイメージワードを入れ込む余裕はまったくない。そういう感覚的な名称は、ドラマの再放送やかつての流行を嗤う懐古的なバラエティ番組でしか目にすることはない。

 私は店内を歩きながら、ちょうど切らしていた「傷口に貼るだけで治るわけではないが水や汚れや雑菌から傷口をある程度守り貼りっぱなしにしていると蒸れてそこそこ臭くなる絆創膏」と「湿った状態の髪につけて形を整えてから乾かすと驚くほど硬くなりつけすぎると時に粉を吹くが結局は髪質と毛量と美容師及びあなたの腕次第なジェル」をカゴに入れてレジへと向かった。

 レジまでの道中にも、「肉体疲労時に飲むと疲れが吹き飛んだように感じるが実際のところ有効成分がそんなに速く効くはずはなくその覚醒感はカフェインと炭酸の刺激によるところが大きい栄養ドリンク」と「最近の流行りでこすらずに汚れが落ちると謳ってはいるもののやはり時間と体力に余裕があるならばまず浴槽一面に水を撒いてスプレーから泡を噴射して五分間待ったのちに手に持ったスポンジ等でよくこすったほうが汚れが泡とともに良く落ちて水ですすぐとそれが排水溝に流れ込むお風呂用洗剤」が特売になっていたので、それらもさらにカゴへ追加してレジで購入し私は帰路に着いた。

 なんだか妙に疲れたような気がするのは、私の気のせいだろうか。

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