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短篇小説「ネタバレ警察」

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 新部署に配属されたばかりの越智裕三が、スーパーのおやつ売り場でお菓子のパッケージをひとつひとつ手に取りながらひとりごとを言っている。

「『ポッキー』か……これはやっぱり、食べたとき鳴る音からそう名づけられたんだろうな……だとすれば確実にアウト、と。えーっと『ポテトチップス』は……ポテトのチップス……って以外に理由はないだろうから、これもアウト。ああ、『じゃがりこ』ね。もちろん原料がじゃがいもだからなんだろうけど、後半の『りこ』の部分は見えてこないから……まあ審議対象か。といっても25%ラインは遥かに超えてしまっているから、駄目なことは駄目なんだけどな――」

 裕三はお菓子を手に取っては棚に戻しながら、警察手帳にメモを取っている。手帳にはお菓子の商品名とパーセンテージ、そして「△」や「×」といった記号が並んでいる。

コアラのマーチ 50% × コアラ部分ネタバレ。コアラは絵柄のみで味ではないので、もう少し下げてもいいか。特にマーチ感はなし》

 判定記号の横には、その根拠となる点がメモされている。警察官というのは常に厳然と物事に対処しなければならないが、新たに立ち上がったばかりの部署となるとそうもいかない。迷うことも多く、いまだルールは発展途上にある。

 そもそも自分はなぜこんなことをやっているのか。ふと裕三は我に返ることがある。それもこれも、世の中がネタバレを過剰に気にするようになったせいだ。といっても、最初は映画やアニメくらいだった。

 だが世間というのは、どんなにちっぽけな芽であれ、それが芽でありさえすれば、各方面から陽を当ててすっかり大きく育ててしまう。ネタバレに対する過剰反応が、フィクションの領域を飛び出すのにさして時間はかからなかった。

 きっかけはSNSに呟かれた、一般人によるなにげない投稿であった。

カップヌードルってさ、あれネタバレじゃね? カップに入ったヌードルだからカップヌードルって、それもうほぼ答えじゃん。パッケージにオチ、書いてあるし。ありえねー。おかげで開けるとき全然ワクワクしないんですけど~ #ネタバレ》

 以降、あらゆる商品名に関する言いがかりとも言える投稿が、《#ネタバレ》とともにSNSの大海へ堰を切ったように溢れだしたのである。

 商品名というのは本来、その商品の内容を消費者へ端的に伝えるためにつけられるものである。だから商品名が商品の中身なり特質なりを言い表しているのは当然のことであり、むしろそういうものこそ優秀であると言える。

 だがいまやそれをやると途端に、「驚きがない」「オチが読めた」「何も知らずに食べたかった」などと、フィクションに対するネタバレ時と同様の批判の矢が、あちこちから容赦なく飛んでくるのだった。

 最近はそのような「ネタバレ商品」を製作している企業に対する改名請求運動なども各地で頻発するようになり、事態を看過できぬ国が警察を動かして立ち上げたのが、裕三の所属する警視庁生活安全部内容暴露対策課、通称「ネタバレ警察」である。

 ネタバレ警察では、もちろんフィクションの内容及び題名の検閲なども行うが、このたび裕三が配属されたのは、作品ではなくより具体的な商品を扱う商品名称部門の中にある「おやつ調査室(Oyatsu Research Room。通称ORR)」である。

 ネタバレ取り締まりの基準に関しては、一年前に施行された「内容暴露禁止法」により25%という明確な基準が定められており、おやつの名称に関してもその例外ではない。その商品名に内容物を25%以上表現する言葉が用いられていると判断された場合、違法と判断され企業は改名指導に従う必要がある。

 なお、長きに渡り改名の指示に従わない場合には、販売停止及び業務停止命令が下されるが、それ以上に世間の風当たりが強く、実質的にはSNS主導の不買運動により企業は売り上げ、イメージ、株価の低下という三大ダメージをいっぺんに喰らうことになる。ネタバレ警察は、そのきっかけを作っているに過ぎない。

 裕三は『うまい棒』明太子味を手に取りながら考える。ではこの商品名はいったい、何%のネタバレにあたるのだろうかと。

うまい棒』はもちろん、「棒状のうまいもの」だからうまい棒と名づけられたに違いない。だとすれば、「うまい」も「棒」も商品の内容を完全に言い表しているから、商品名は100%ネタバレであるということになる。もはや有罪は確定であるように思える。

 だがここで考えなければならないのは、「うまい」という言葉が、あくまでも個人の感覚を表す主観的な言葉であるという点だ。人によってはこれを食べて、「うまい」と思わない可能性だって充分にある。

 もしもこれを食べて「まずい」とか「そうでもない」と感じた場合、『うまい棒』という名称のうち、ネタバレをしているのは「棒」のただ一文字であるということになり、そうなればネタバレのパーセンテージは1/4、つまり一気に25%まで低下する。

 それでも25%という法律の最低ラインには抵触しているが、それくらいならばたとえば語尾にモーニング娘。方式で「。」でもつけ足せば簡単に回避することが可能だ。あるいはつのだ☆ひろ方式で『うまい☆棒』としてもいい。

 裕三は自らの目の前の棚にあるお菓子のほとんどが、ネタバレ禁止法に抵触するネーミングを持っていることに改めて愕然としながら、手帳に次々と×の字を書き足していった。

 だがある商品のパッケージを視野に捉えた瞬間、裕三の手が止まった。その平べったい箱に写っているチョコレートの表面には、帆船の絵柄が刻まれている。商品名を『アルフォート』という。

アルフォート』とは、いったいなんだろう? 裕三はその意味のわからなさに、逆に興味をそそられた。「ネタバレがないというのは、こういうことか!」裕三はそこではじめて、ネタバレという行為の罪深さを知った。

 意味がわからない商品名のほうが、どうやら気になるぞ。これは英語だろうか、フランス語だろうか、どんな意味があるのだろうか? それともこれは船の名前だろうか、街の名前だろうか、港の名前だろうか? 気になって気になって仕方なくなった裕三は、その場でスマホを取り出し、《アルフォート》で検索をかける。すると驚くべきページに行き当たったのだった。

gogen.info

 なんと《アルフォート》という言葉は、完全な造語だというのだ。どんな外国語にもそんな言葉はなく、具体的にどこかの場所や人名にちなんだ名前でもないらしい。

 なんということだろう! 裕三は驚きに震える手で手帳に「アルフォート」と書き、その横に「0%」と書き、さらにその脇に初めての「○」を書いた。

 しかし。裕三は手帳にそう書き込んでから、改めて『アルフォート』のパッケージを見直してみた。すると、大変なことに気づいてしまったのだった。

 いったいどうして、こんなことをするのだろう。箱に大きく書いてある《アルフォート》という文字の下には、小さな字で《ミニチョコレート》と、さらにその下には、わざわざ目立たせるために拵えた四角囲みの中に、《全粒粉入りビスケット》という至極説明的なフレーズが、ご丁寧にも書き足されているではないか!

 こうなってくると、果たしてどこまでを商品名として認識すべきなのか。裕三の中で、法律の解釈に新たな議題が生じた瞬間であった。

 もしもこれをすべて商品名として捉えたならば、確実に25%ラインに抵触してしまうだろう。あるいは逆に、《アルフォート》のみを商品名として捉えた場合には、実質的に大幅なネタバレを許すことになってしまう。

 法律の実効性を考えるならば、完全にパッケージ表記で内容物を説明してしまっている以上、明らかに取り締まりの対象となるが、一方で《アルフォート》という最大文字以外の情報に至るまで、いちいち読み込んでいる消費者が多いとは思えないのも事実。

 裕三は手帳に書いた「アルフォート」の横にある「100%」を二重線で消して「不明」と書き直し、同じく「○」を消して「△」に書き換えたのだった。

 人はどうしてこうも、ネタバレをしてしまうのか。ネタバレ撲滅への道は、あまりにも遠く果てしなかった。その夜、裕三は帆船で難破する夢を見て、幼少期以来となる盛大なおねしょの地図を布団に描いたという。

[※なお、題名の100%が内容暴露禁止法に抵触するとして、本作品は発表後まもなく発禁となった]

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