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短篇小説「うろおぼ刑事」

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今まさに、うろおぼ刑事が万事うろおぼえなまま現場へ突入しようとしている。懇意にしている情報屋から、「海沿いの第三倉庫でこのあと麻薬取引が行われる」という情報を聞きつけたような気がしないでもないからである。

第二倉庫だったかもしれないし、街道沿いだったかもしれない。話を聞いたのも情報屋ではなく、競馬の予想屋だったかもしれない。あれは手相占い師だったかな。五年前の話だったような気もする。

しかし自分の記憶がいくら常時うろおぼえだからといって、行動を起こさなければ事件など永遠に解決できない。だからうろおぼ刑事は、どんなにうろおぼえでもとりあえず動くのである。

それが結果につながる可能性は、もちろん著しく低い。何しろこの世の中には無数の場所があり、無数の人がいるのだ。時制の違いだって見逃せない。タイミングが合わなければ、事件現場に居あわせることはできないのである。

ならばうろおぼえなことはしっかりと、改めて確認を取ればいいじゃないかと人は言う。受験に成功してきた人はもれなくこれを言う。しかし誰に聞いたのかもうろおぼえな情報を、いったい誰に確認すればいいというのか。それに万が一情報源に再会することが叶ったとしても、同じことを二度訊くと人は必ず嫌な顔をする。

「メモを取れ」というのもあらゆる上司から言われてきた台詞だ。しかしメモなど取れども取れども隣のヤギが片っ端から食い散らかしてしまう――ということはもちろんないのだが、取ったメモを置いた場所を、いやそれどころかメモを取ったこと自体をしっかりとおぼえていなければ、メモを取る意味などありはしない。

それ以上に、そのメモをどこかに置き忘れて敵の手に機密情報が渡ることを考えると、あまりにリスクが大きすぎるのである。

うろおぼ刑事は依然として、ひとり第三倉庫の扉前で突入のタイミングを計っている。そもそもこれが本当に麻薬取引の捜査なのか山から降りてきた熊を捕獲しようとしているのか、あるいは長年つきあってきた彼女に結婚指輪を渡すイベントなのか、すっかりわからなくなってきたというのが正直なところである。

遠く沖のほうから聞こえてくる汽笛をきっかけに、うろおぼ刑事がいよいよ突入を決意し倉庫の扉へと手を掛ける。すると今度は近づいてくる複数台のパトカーのサイレンが、立て続けに彼の耳を捕らえたのだった。

「ようやく援護射撃のお出ましか」

そうつぶやいた彼の背後から、「手を挙げろ!」との声が。足音から推測するに、すでに大勢の警察官が後方に待機しているようだ。

「まだ犯人を見つけてもいないってのに、まったくせっかちなヤツらだぜ!」

うろおぼ刑事はそんなハードボイルドな台詞を恥ずかしげもなく思い浮かべつつ、扉にかけた手にグッと力を込めると、背後からもう一段階高いトーンの声が、今度は拡声器を通じて盛大に発せられた。

「動くな! 銃を捨てろ!」

帰り道、うろおぼ刑事はパトカーの後部座席にいた。頭から誰のだかわからぬジャンパーをかぶせられて。

いったいどこからがうろおぼえだったのか、出来の悪い記憶中枢に問いかけてみても返事はなく。


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