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短篇小説「歩くATM~手間亮という男~」

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 手間亮という男はすこぶるいい奴だが、一緒にいるといつの間にかお金が減っているので注意が必要だ。彼は仲間内で「歩くATM」もしくは「生けるプレイガイド」と呼ばれている。

 ある日僕は手間亮と映画に行く約束をした。うちから徒歩5分のマンションにある彼の部屋のインターホンを押すと、本人の声よりも先に「ありがとうございました」という自動音声が流れる。インターホンの真ん中にある液晶画面には「¥108」という金額が浮かび上がっている。

 手数料を取られているのである。ひと月後にクレジットカードの明細を確認したところ、たしかに「インターホン利用料 ¥108」という記載があった。

 もしかしたら自宅のインターホン利用料を取られているのかもしれないが、そんな話は聴いたことがない。いや他人の家のインターホン利用料を取られるという話も、充分聴いたことがないのだが。しかし彼と遊ぶようになる以前には、こんな請求項目はなかった。サインも何もしていないのに、なぜ自動引き落としされることになっているのかは不明だ。

 自動音声が発せられた後、手間亮がなかなか出てこないからといって、ここでさらにドアをノックしたりしてはいけない。そうなると「ドアノック料 ¥216」が加算され、請求金額は計¥324に跳ねあがる。

 おそらく彼の中では、インターホンを鳴らされるよりも、ドアをノックされるほうが不快指数が高いということなのだろう。ノックの回数が増えれば、当然請求額も増えることになる。

 ちなみにノックの回数は、「コンコン」の2回を1セットとしてカウントする良心的プランとなっている。ただし「コン」と1回叩くだけにとどめたからといって、半額になるということはない。連続して叩いた2回も、単発で叩いた1回も、同じく1セット分として請求される。

 いつも彼がひと呼吸待ってからインターホンに出るのは、ややノックを誘っている節があるのでは、との疑惑も近ごろ浮上している。

 インターホン越しに「ちょっと待ってて」という彼の返事を受け取ってからも、訪問者はしばしドアの外で待たされることになる。しかしここで、つい出来心で鼻歌を歌ったり口笛を吹いたりしてはいけない。

 それぞれ「歌唱聴取料 ¥216」「楽器演奏聴取料 ¥108」が加算されることとなる。口笛は楽器とみなされ、インストよりも歌のほうが彼の不快感を倍増させる力を持っているらしきことがわかる。

 その先も、道を歩く際に少しでも彼の後ろを歩けば「ナビゲーション料 ¥216」を、前を歩けば「進路妨害料 ¥216」+「視界遮蔽料 ¥108」を、横に並べば「シンクロウォーキング料 ¥432」がそれぞれ加算される。

 映画館に到着してからも、手数料の波はとどまるところを知らない。並んで着席した際、2人の間にある「どちらのものとも言えない肘掛け」に肘を掛けると「肘掛け占拠料 ¥432」が、居眠りをしていびきをかくとこれも「歌唱聴取料 ¥216」が上乗せされるので注意が必要だ。

 そんな万事世知辛い手間亮ではあるが、なぜか毎度ポップコーン代だけはおごってくれたりするから憎めない。

 無論そのポップコーン代が後に引き落とされることになる各種手数料から出ていること、また、そのほんの一部に過ぎないことを忘れてはいけないのだが、この手間亮という男、悪い奴ではないのである。


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