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短篇小説「冬将軍と鍋奉行」

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東京に初雪の降った夜、鍋奉行は家で冬将軍を待っていた。冬将軍と鍋奉行SNSで出会った。なのでこの日が初対面となるはずだった。鍋奉行はまずは得意の鍋によるおもてなしで、冬将軍の心を溶かそうと考えていた。しかし冬将軍は各地の雪軍曹に雪を降らす指示を出してまわるのに忙しかった。冬将軍は「仕事でだいぶ遅れそう」と鍋奉行にメッセージを送った。

鍋奉行はせっせと鍋の準備を進めていたが、やはりいきなり二人で、しかも自室で会うのは危険であるように思えてきた。ちょうどテレビのニュースで、SNS絡みのストーカー事件をやっていたのである。そこで彼は冬将軍が遅れているあいだに、とりあえず誰かを呼ばなくてはならないと考えた。鍋奉行は近所に住んでいるフライパン大佐に電話をかけた。

電話口からは油の撥ねる音がずいぶん聞こえてきたが、フライパン大佐は15分後にフライパンを持って到着した。フライパン大佐は家に上がるとすぐに台所へ直行し、何かフライパンで炒めるものを探しているようだった。鍋奉行はとりあえずネギを渡し、それを炒める許可を出した。

こういう時は炒めること自体を拒否すると喧嘩になるので、なるべく炒めても鍋全体のクオリティに影響の少ないものを与えることにしている。本当は炒めたネギなど鍋に入れたくはないのだが、以前鍋パーティーに彼を呼んだ際、何も与えずに放置していたらカーテンを炒めはじめてしまったことがあった。フライパン大佐には、とりあえず「安全に炒められる何か」を与えておいたほうが良い。

そうこうしているうちに冬将軍から再び「かなり遅れそう」との連絡があったため、鍋奉行は他の友人も呼ぶことにした。そもそも何もかもに「水分を入れたがる」鍋奉行と、何もかもの「水分を抜きたがる」フライパン大佐では普段からあまり馬が合わず、みんなで遊ぶときに話すことはあるものの、これまで二人きりで遊んだことはなかった。

それが今日に限っては、突発的な危機感により「近くに住んでるから」というだけの理由で呼んでしまったが、来てみたらやはりちょっと気まずかった。この状態でメインの鍋を開始し、鍋奉行が本気の鍋奉行っぷりを発揮したら、必ずや喧嘩になるに違いない。

ただでさえフライパン大佐は水分を抜きたがるのだから、鍋奉行の指示通りのタイミングで具材を出し入れしてくれるとはどうにも考えにくい。フライパン大佐が差し水を頑なに拒否し、水分の飛びきった鍋底でなにもかもを焼き尽くそうとするのは想像に難くない。それは鍋奉行にとって、間違いなく「惨劇」であるだろう。

とりあえず鍋奉行としては、自分の指示を通りやすくするために、水分と親和性の高い仲間を集めておく必要があった。その点、冬将軍は今まさにそうであるように、雪を降らせる仕事などにも関わっているため、水分に対して好感を持っている理想の相手であるように思えた。しかし残念ながら彼が遅れている以上、まずは他の「親水派」の人たちを召集しておく必要があるのかもしれない。

そこで鍋奉行はちょうど鍋に必須の料理酒を切らしていたことを思い出し、酒中尉を呼ぶことにした。電話に出た酒中尉は明らかに酔っ払っていたが、幸いにもすぐに向かうと快諾してくれた。

ちょうどその頃、思ったより早く仕事が片づいた冬将軍が鍋奉行の家へと向かっていた。徒歩で、というか「風で」来た冬将軍は、鍋奉行のマンションの前でタクシーを降りた酒中尉にばったり出くわした。酒中尉は挨拶を交わす暇もなくすぐさま凍死した。

冬将軍はマンションの階段をフワッと駆けのぼると、鍋奉行の部屋のインターホンを押した。炒め物がひと段落したフライパン大佐が玄関を開けると、フライパン大佐もまた即座に凍え死んだ。熱したフライパン程度では、冬将軍にはまったく歯が立たなかった。

そして冬将軍は、「遅れてごめんなさい!」とただ時間に遅れたことだけを謝りながら、ダイニングキッチンに置いたポケットコンロで鍋を沸かしはじめた鍋奉行のもとへと向かった。

鍋奉行もまた、さい箸を握ったまま凍りついた屍をさらすこととなった。しょせんポケットコンロの火力では。

いよいよ鍋奉行の家にも、本格的な冬が訪れた。今年の冬将軍は、いつもよりちょっとだけ強いのかもしれない。


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