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短篇小説「犬も歩けば棒に当たる〈ことものわざがたり〉」

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 これは紆余曲折を経て、最終的に犬が歩いて棒に当たるまでの話である。

 犬が、歩いていた。あるいは、歩いている犬がいた。場所はどこにしようか。とりあえず街中にしてみようか。

 犬の前にまず、電柱が現れる。これは棒と言えるだろうか。かなり長くて大きいが、棒とは言えるだろう。犬は後ろ右足を上げて、電柱に小便をひっかけた。

 いつもそうしているのだから、これは当たる用の棒ではなく、小便をかける用の棒だ。もちろん犬にとっては、電気を各家庭へ供給するための棒などではない。もしも電柱に当たる犬がいるとしたら、すでに意識が朦朧としているか犬ではないかのどちらかだと思われる。

 次に犬の前に現れるのは、道路側からの侵入を防ぐため、一軒家の庭先に設置された手すりだ。これは間違いなく棒の組み合わせでできている。

 しかしわざわざ道の脇にそびえ立つ手すりにぶつかるには、どうしてもその向こう側へ到達したいという高いモチベーションが、犬の側に必要となる。たとえばとんでもなく上手い餌があるとか、ものすごくタイプの犬がいるとか。

 だがそんな上手いことはなかなかあるもんじゃない。手すりの向こうには、ただただ背の高い雑草が生えているのが見える。犬は岡本信人ではないので、野草にはたいして興味がなかった。

 手すりのある家をすぎると、道の脇にジュースの自動販売機が現れる。これは棒と言えるだろうか。いちおう細長いといえば細長いが、棒というほどまでには細長くないような気がする。

 だからたとえ自販機に犬が当たっても、なんら問題はない。そう思って犬はちょっとだけ右の肩をぶつけてみるが、その衝撃でジュースがゴロゴロと出てきたりはしない。しかし犬も自力で開けられないジュースが欲しいなどとは思わないから、特にガッカリすることもなく歩みを進める。

 そして自販機の向こうには、公園の入口が口を開けて待っている。それを見た途端、にわかに自分が疲れてきたように感じはじめた犬は、公園でちょっとひと休みしていくのも悪くないと考える。

 公園の土の上には、木の枝がたくさん落ちている。これはれっきとした棒と言えるだろう。しかし落ちている木の枝に「当たる」というのは、実のところけっこう難しい。上から踏みつけることは簡単だが、それだと「当たる感」がいまいち出ないのである。

 木の枝がたくさん転がっているということは、その付近には当然木の幹があるということだ。そう考えた犬は、目線を上げて桜の木を見つける。すでにその下で人を飲み食いさせる薄桃色はなく、嫌というほどの濃緑を纏いつかせている。

 ところで大地に根を張っている太い木の幹は、はたして棒と言えるだろうか。どんなに棒状の物体であっても、命あるものは棒とは呼べないのではないか、という気が犬はしてくる。歩き疲れた人間様が、「足が棒のようになった」と言ったりするということは、生きている足は棒ではないということになる。

 木のそばには薄汚れたベンチがあって、その足もとには誰かが食べて捨てたものらしきアイスの棒が落ちている。それは棒というにはずいぶん平たいが、棒と呼ばれているからには棒ということでいいだろう。

 とはいえこれも地面に落ちている状態では、犬が当たるのは難しい。せめて地面に突き刺しておいてくれれば、当たることもできるのだが。

 もしくはそれが奇跡的にいわゆる「当たり棒」であったりすれば、棒をくわえた犬はいちおう当たったことにはなるのかもしれない。だがその場合は「犬の(拾ったアイスの)棒が当たった」だけで、けっして「犬が棒に当たった」ことにはならない。

 公園の真ん中では、子供たちが野球をしている。そのうちのひとりが、プラスチック製のバットを持っている。これは棒と言えるだろう。

 しかし棒は高い位置に構えられているため、犬は簡単には当たりにいくことができない。棒はケミカルなボールを捉えると、今度は地面に投げ捨てられる。これまた地面に転がっている状態では、犬が当たることは不可能だ。

 たとえばプロ野球中継などで見かけるように、次の選手がネクストバッターズサークルにおとなしく片膝でもついてバットを立ててくれていれば、犬も思いきり棒に当たりにいくことができるのだが。しかし公園にネクストバッターズサークルなど、描かれているはずもなかった。

 ここまで来ると、犬もだいぶ棒に当たりたくなってきている自分に気づく。たとえばこの先にある陸上競技場に忍び込むことができれば、やり投げの槍、走り高跳びのバー、棒高跳びの棒など、当たれそうな棒はいくらでもあるということを、いつどこで見たのか犬は知っている。

 どれも都合よく立っているとは限らないが、体育倉庫にしまわれている状態であれば、おそらくどれも立てかけられているのではないかと思われる。しかし陸上競技場に独力で入り込むことは、犬には難しかった。

 ならば学校の体育倉庫へ行けば、やはり棒はいろいろとあるように思われた。とはいえ学校という場所は、犬にとっては鬼門だった。校庭に入り込んだ犬は、なぜあんなに注目を集めてしまうのだろう。学校に入るのは危険すぎたし、ましてや体育倉庫の鍵を所持しているわけでもなかった。

 犬は何の策も浮かばぬままに、街を歩き続ける。やがて商店街の中にある、昔ながらの電気屋の前で足を止める。犬は力道山を観に集まる戦後の大人たちのように、電気屋の店頭に設置されたテレビの画面に釘づけになる。

 まだ夕方というには少し早い時間帯である。テレビ画面にはやたらと再放送されている刑事ドラマ『相棒』が、この日も映し出されている。どうにも店主のお気に入りなのである。

 犬は画面内で派手に紅茶を注ぐ水谷豊の横にいる何代目かの相棒・反町隆史に向かって、一目散に飛びかかってゆく。


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  • アーティスト:Testament
  • 発売日: 1994/10/04
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