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不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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悪戯短篇小説「損失の多い挑戦者」

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今日は久しぶりに、小銭拾い放題の店に行った。もちろん、自分で落とした銭を自分で拾うのである。

デニムのポケットから革財布を取り出し、半径1メートルあたりに小銭をそっとばら撒いていると、横からサッと手が差し出され、落としたての百円玉をかっさらっていった。これは誰にでもわかる、明らかな違反行為である。

僕は即座に、リュックからせんとくんのぬいぐるみを掴み出し、勢いよく小銭が奪われた場所へと放り投げた。ブレザーにハットを着用した男が即座に駆けつけ、素早くせんとくんを拾い上げると、フロアの隅にあるカウンターへと戻っていった。

カウンターの向こうには、同じくブレザー姿の男女3人が男の帰りを今か今かと待ち構えていた。男が駆け戻ると、4人はカウンター上に設置されているテレビモニターを凝視しはじめた。せんとくんはモニターの上にぐったりと捨て置かれている。

そちらばかり見ていたせいで、僕は自分の小銭を奪った張本人をすっかり見失っていた。いや見失うどころか、そもそもがせんとくんの投擲に夢中で、その顔すら目撃していなかったのである。

いつの間にか店内には人が溢れており、僕が小銭をばら撒いた半径1メートルのエリアだけが、ネクストバッターズサークルのようにぽかんと空いている。誰が指示を出したわけでもなく、場の空気感がなんとなくそうさせている。

しかし被害者である僕が犯人を見失ったとなると、奪われた百円が返ってくる気がしない。その不安に負けそうになったころ、カウンターの向こうに白旗が揚がった。せんとくんを連れて行ったブレザーの男が高らかに掲げているそれは、洗いざらしのブリーフであるようにも見えた。

ブレザーの男が店内の人混みをかき分け、こちらへ歩み寄ってきた。そして僕の手に、そっと百円玉を握らせてまたカウンターのほうへと戻っていった。僕は自分の撒いた小銭を全部たしかに拾いきり、レジへと向かった。

レジで支払いを済ませレシートを受け取ると、その合計額手前の最後の一行には《チャレンジ審査料 1200円》と印字されていた。せんとくんは返ってこない。

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