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短篇小説「豚に真珠そのあとに〈ことわざ後日譚〉」

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 豚は戸惑っていた。今朝、飼い主である王様から突然に、真珠の首飾りをかけられたからである。それはとてもキラキラと輝いていたが、残念ながら美味しそうには見えなかった。きっと口には入れないほうがいいだろう。

 豚は最初、一部の凶暴な動物たちのように、いよいよ自分にも首輪をつけられたのかと考えた。しかし豚は王様に飼われている他の動物らと比べても、特に素行不良なところはないと自負していたし、なによりその首飾りは、頑丈というよりは繊細と表現すべき代物であるように見えた。豚の足でつけはずしなどしようものなら、一発ですべての真珠が四方八方へと弾け飛んでしまいそうだ。

 しかし豚は王様に逆らうことに身の危険を感じていたので、すぐに首飾りをはずそうとは思わなかった。豚は常に王様に対して忠実であり、だからこそこれまで首輪もつけられることなく、行動の自由を与えられていた。その重厚な首飾りの重みと吸汗性のなさゆえ、肩こりと湿疹を発症する予感はあったが、それでも首をはねられるよりはずいぶんマシであるように思えた。

 豚が首飾りをつけたまま近所を散歩していると、パチンコ屋の新装開店を待ちわびて並んでいる知りあいの猫に出会った。豚を見つけた猫は開口一番、

「おや、君もパチンコをやるのかい?」と声をかけた。

「僕はやらないよ。でも、なんで急にそんなこと訊くんだい?」と豚が答えると、

「だって、良さげなパチンコ玉を、首からいっぱいぶら下げてるじゃないか」と、猫はとても羨ましそうに言った。

「これはパチンコ玉じゃないと思うよ。だってほら、色が全然違うじゃないか。でもこれがなんだかは、全然わかんないけど」

 豚はそう答えると、今度は質問する側にまわった。今日猫に会ってから、ずっと気になっていたことがあったのだ。

「それより、君が胸に抱えているその金ぴかの平べったい楕円形は、いったいどうしたの?」

 猫は少し困惑した様子で答えた。

「ああ、これは今朝、王様からもらったんだよ。たしか『ほうびにこばんをやる』とか言ってたな。俺は『ごはん』かと思って口を開けて待ってたんだけど、ちょっと違ったみたいだ」

「僕の首飾りもそうだけど、それも特に美味しそうではないね。とっても硬そうだし」

 そうやって、真珠を首からさげた豚と小判を抱えた猫が仲良く首をひねっていると、目の前を二人のよく知る馬が通りかかった。

 しかしこの日の馬は耳を何かで塞がれていて、豚と猫が声をかけてもまったく気づかずに通りすぎてしまった。これに異変を感じた豚が慌てて馬を追いかけていき、尻尾をくわえて行列に並ぶ猫のもとへと連れてきた。

「馬くん、どうしたんだよ、それ」猫は馬の耳をふさいでいるヘッドホンを見ながら言った。

「あんだって?」馬には、猫の声は何も聞こえていないようだった。

「それだよそれ。ちょっと一回はずしてよ」豚が耳から何かをはずすジェスチャーをして促すと、馬は激しく首を振って、それをはずすことを断固拒否した。

「これ、今朝王様からもらったやつだから、はずしちゃいけないんだよ!」ヘッドホンの中から大音量で何かが流れているせいか、そう答える馬の声は異様に大きかった。そのボリュームを不気味に感じたパチンコ屋前の行列全体が、にわかに馬から距離を取る方向へと歪んだ。

「それはいったい、何を聴いているの?」ヘッドホンから漏れ聞こえる音が気になって、猫が訊ねた。

「あんだって?」馬にはやはり、ヘッドホンの音以外は何も聞こえないようだった。

「いいから、ちょっと貸せよ!」

 馬の態度に業を煮やした猫が、馬のつけていたヘッドホンに飛びかかって強引に奪い取ると、それをさっそく自分の耳に当ててみた。ヘッドホンの中からは、なにやら「なむあみだぶつなむあみだぶつ」という摩訶不思議なフレーズを繰り返す、人間の声が聞こえてきた。

「返せよ、おいらのねんぶつ!」

 馬はヘッドホンそれ自体のことを「ねんぶつ」と呼んでいるらしかった。

 数日後、たび重なる的はずれな論功行賞に不満を爆発させた家臣団がクーデターを起こし、王様は権力者の座を追われ島流しとなった。王様は動物だけでなく人に対しても欲しくないものばかりを与える、致命的にプレゼントのセンスがない人間だったのである。

 そしてここに動物を含む民主主義国家が誕生し、市場は自由化されインターネットを介したフリマアプリが活況を呈した。

 王様の失脚により、戴きものを保持する理由を失った動物たちは、王様にもらった物品をこぞってメルカリに出品した。すると豚の真珠も猫の小判も、場違いなほどの激安価格で出品されていたため速攻で売れた。

 一方でただ「ねんぶつ」とだけ名づけられて出品された馬のヘッドホンは、ヘッドホンを探している誰の検索にも引っかかることはなく、どんなに値を下げてもいっこうに売れなかった。


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THE DOWNWARD SPIRAL

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