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短篇小説「ポジティブ刑事」

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 ポジティブ刑事が現場へ急行している。拳銃を忘れて走り出してしまったがきっと大丈夫だろう。なぜなら彼はポジティブ刑事だからだ。武器などないほうが物事はスムーズに運ぶことも時にはある。どんなにネガティブな状況であっても、それをポジティブに捉えなおすのはポジティブ刑事の真骨頂であると言える。

 そういえば防弾チョッキの着用を指示されていたような気がするが、ポジティブ刑事はいつものワイシャツにジャケットを羽織って飛び出していた。いま向かっている現場には凶悪な立てこもり犯がおり、男は散弾銃を所持しているという。

 しかしもし仮に銃を撃たれたとしても、弾はそうそう当たるわけではないから特に問題はないだろう。もし当たるにしても、きっと胸から提げたペンダントの、ちょうど十字架がクロスした部分に当たって跳ね返るに違いない。それに窮屈な防弾チョッキなど着用していないほうが、よほど走りやすいじゃないか。ポジティブ刑事はそう考えつつ、全速力で現場に近づいていった。

 近づいているつもりだったのだが、そうではなかったのかもしれない。ポジティブ刑事はすでに三十分以上も走り続けていたが、署から徒歩八分の現場にまだたどり着いていなかった。そのことに気がついたのは、目の前に見慣れぬ川と橋が現れたからだ。立てこもり事件は川の中や橋の下ではなく、この街の中心部にある住宅街で起こっている。

 ポジティブ刑事はいったん川沿いの路上に立ち止まると、ポケットからスマートフォンを取り出した。地図アプリで現在地を確認したいところだが、アプリを立ち上げた瞬間にスマホは自動的にシャットダウンされた。ポジティブ刑事はスマホの電池残量が乏しくてもいつもポジティブだったから、完全に電池がなくなるまでいつも充電などしないのだった。もちろんモバイルバッテリーなど持ち歩いているはずもない。

 だが《物事には常に良い面と悪い面がある》というのがポジティブ刑事のポリシーだ。どんなに悪いと思えることにも、必ずや何かしら良い面がある。

 もしもここでスマホの地図アプリが立ち上がっていたら、俺は危うくそれを頼りに悪しき「スマホ歩き」、いや今は急いでいるからさらに極悪な「スマホ走り」までやってしまうところだった。市民の模範たるべき人間が、そのようなことをやっていいはずがない。ポジティブ刑事は、スマホを下手に充電などしていなくて良かったと心から思った。遥か西の空には、沈みゆく夕陽が最後の光を放っていた。

 それから一週間後、警察署に新たな案件が舞い込んできた。出来は悪いがとても前向きな刑事が一週間前から行方不明になり、音信不通であるという。その刑事が本来携帯すべき拳銃を所持していないことがすでに確認されているのは、不幸中のポジティブと言うほかない。


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