泣きながら一気に書きました

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短篇夢小説「目覚めのチャーハン」

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 引っ越したばかりの新居で目を覚ました私は、どうやら自分が床で寝ていたことに気づいた。そんなことはこれまで一度もなかった。引っ越したてなのでまだベッドがないのかもしれなかった。しかし引っ越すとしたら、真っ先に寝床の心配をするのが自分であるように思ってもいた。

 上半身だけ起こして周囲を見渡すと、私はそこが思ったより広い部屋であることに驚いた。たしかに私が賃貸契約を結んだのはワンルームであり、そこはたしかにワンルームであることに間違いはないのだが、だだっ広いコンクリート打ちっぱなしのその様子は、明らかに店舗用物件であるように思われた。

 私はとりあえず顔を洗って目を覚まそうと洗面所を探したが見当たらず、かわりに壁際へ備えつけられたシンクへと向かった。どういうわけかシンクは並んで二つあった。やはり店舗用なのかと思うが、もし店舗だとしたら、むしろ二つでは足りないのかもしれないとも思う。

 水は無事に出たが顔を拭くタオルが見あたらない。私は濡れた顔のまま、先ほどまで自分が寝ていた部屋の中心部へ戻ろうとすると、男女ひとりずつ、計二人の若者がずかずかと忙しそうに部屋へ入って来た。二人はチェーン系ハンバーガー店らしき制服に制帽を着用し、それぞれ二つあるシンクへと一目散に向かい、そこで激しく面倒くさそうに手を洗いはじめた。

 やはりここは店舗用物件なのかもしれなかった。部屋の内装も什器も何ひとつ整っていない状況を考えると、これから開店準備をはじめる段階なのだろうか。いずれにしろ私は、今すぐ管理会社に電話をしなければならない。私は住人であって、店長ではないからだ。

 私にはなぜか新居の住所を間違えていないという確信があり、そうなればこの事態はもう管理会社の不手際であるとしか考えられなかった。店員らしき二人の手を依然として流し続ける激しい水の音が、コンクリートの室内に虚しく響いていた。

 私は電話をかけるためにいったん部屋をあとにすると、天井の高いフロアに出た。目の前を斜めに走るエスカレーターが視界を三角形に切り取るそこは、どう見てもショッピングモールの一階であった。

 ひとまずエスカレーター脇のベンチに腰をおろした私は、スマホを手に取り管理会社の電話番号を探すが、どれだけ探しても管理会社の連絡先が見当たらない。つい先日、インターネット環境の件で問いあわせを入れたばかりなので、履歴は必ず残っているはずなのだがどこにもなかった。

 とりあえず部屋のどこかにしまってあるはずの契約書類を探し出し、そこに書いてある管理会社の連絡先をもう確認することにしよう。ここでさほど取り乱すこともなくそう建設的に考えた私は、いったん部屋に戻ることを選んだ。

 スマホから目を上げ、部屋の入口を振り返ると、いつのまにか入口の脇に三十人ほどの行列ができていた。そもそも自分が部屋を出るときに開けた扉がどんなものだったのかがもう思い出せないのだが、目の前に立ちはだかるぶ厚い両開きのドアは、明らかにそこが中華料理屋であることを示す赤と金の渦巻き模様で埋め尽くされていた。
 
 先ほどは開店準備中のハンバーガーショップであったはずの場所が、数分後にはすっかりオープンしているどころか、まったくメニューの異なる中華料理店に様変わりしているうえに、行列まで拵えるほどの人気を博している。いやそもそもはどちらでもなく、私の部屋だったはずであるのに。

 そのとき私の腹の虫がぐぅと鳴って空腹を知らせ、どちらかといえばハンバーガーよりはチャーハンのほうが好きであることを思い出した私は、あらゆる雑念を捨てて行列の最後尾に並ぶことにした。たとえそこが自分の家であっても、自分の店でないならば人は横入りせずに並ばなければならないのだ。


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