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短篇小説「優しさはチャージのあとで」

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本田優夫はすこぶる優しい男だから、ぶん殴った相手には絆創膏を多めに渡してやるのが常だ。リクエストさえあれば、そのうえで相手をひっしと抱きしめてやってもいいとすら思っているが、その場合はもう一発殴ることになる。もちろんその後に渡される絆創膏は、さらなる増量が期待できる。

絆創膏を渡すだけでなく、せっかくならば貼ってほしいというご要望があれば、優夫はそれにすら応える用意がある。絆創膏を貼ってあげた場合は数日後、絆創膏の下でかさぶたがちょうどいい具合に固まりはじめた頃を見計らっていま一度会い、すっかり一体化したそれを思い切り剥がすというオプションが自動的についてくる。どこまでもアフターサービスの行き届いた男なのである。

相手を車で意図的に轢いてしまった場合は、轢いた車を轢かれた相手にもれなくプレゼントすることにしている。勘違いしないでほしいのだが、優夫が乗っているのはけっして安い中古車などではなく、轢くのならば外国産の新車でと決めている。もちろん、交通安全のお守りつきであるあたり、その優しさは徹底していると言わざるを得ない。

ふと立ち寄った喫茶店でまずいコーヒーが出てきたら、優夫はまずそのコーヒーを淹れた髭のマスターを呼び出し、彼が身につけている純白のワイシャツにそれを思う存分ぶちまけた上で、そのシャツを即座にクリーニングに出してやる。これもまた平凡なクリーニングではなく安心のロイヤル仕上げ、かつひのきの香りをトッピングして自宅まで送り届けられるという至れり尽くせりっぷりである。

それでも優夫はいつも本当に、もっと優しくなりたいと考えているから、現状における自分の優しさにけっして満足などしていない。優夫がより優しくなるためにはまず、より優しくされたい状態にある人を、つまり傷ついた人間を量産する必要がある。彼にとって暴力とは、純粋に優しさを呼び込むための装置。


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