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不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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短篇小説「机の上の空論城」

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 いよいよ私はたどり着いた。旅の最終目的地である、この大いなる「空論城」へと。

 門前から見上げると、「空論城」は四本の太い木の柱に支えられた巨大な板の上に、そう、まるで机の上に建っているように見えた。さすがはかの有名な言葉「机上の空論」の語源となった城である。それは土台となる机の上にその底面を接しているようでありながら、そこからやや浮遊しているような不安定さをも孕んでいた。

 思えば長い旅路であった。そのはじまりには、私を呼び出した王様との口論があった。

 たしかに世は乱れ、平和などすっかり遠い昔の夢物語のようであった。だが前回の凄惨な大戦からの教訓としてもたらされた非暴力の思想は、なおも崩れてはいなかった。ゆえにこの世界を暗黒に染め上げている極悪非道のモンスターたちも、武力を用いることはしなかった。

 だから王様との口論に勝った私が、竜王退治の勇者に選ばれることとなった。なぜならばモンスターが挑んでくるのは、武力ではなく常に口論であったからだ。口論に負けた人々は、次々とモンスターの危険思想に洗脳されていった。

 思想的に取り込まれた人間は、やがてその姿までもがモンスター化していった。「モンスターペアレント」や「モンスターカスタマー」といった例を出すまでもなく、暴力を伴わないモンスターなど、いまやどこにでもいくらでも存在可能なのであった。

 そして国王の命により数多のモンスターたちとの口論を繰り広げてきた私は、ついにこの最終舌戦の地、「空論城」へとやってきた。世界の平和は、いまや私の舌先三寸にかかっているといっても過言ではない。最上階にはおそらく、この世界を邪悪な口論の渦へと陥れた「弁舌竜王」が待っていることだろう。

 私は「空論城」へ乗り込む前に、ポケットからネタ帳を取り出すと、モンスターに浴びせるべき言葉を改めて確認する作業に入った。テスト五分前の勉強と同じく、ここで見た言葉を実際に使うことは基本的にないのだが、これは口論へ臨む際に、自分の気持ちを落ち着かせるために必ず行う私のルーティーンであった。

 心の準備を終えた私はいよいよ鉄の門をくぐり、目の前に現れた梯子を昇った。昇りきってみると巨大な勉強机のような、ウッディなフロアが眼前に広がった。そしてその先に待つ扉を開き、私は「空論城」の内部へと足を踏み入れたのだった。

 言うまでもないが、私は丸腰であった。強いていうならば武器はポケットに忍ばせたボールペンとネタ帳ということになるが、それとて口論中に使うことはあるまい。

「空論城」の中には予想どおり、至るところにモンスターが配置されていたが、この最終目的地に至るまでの闘いを切り抜けてきた私にとって、その程度の口論はものの数ではなかった。むしろ私は彼らを相手に効率よく経験値を稼ぐことで、さらにレベルアップしながら最終舌戦の待つ最上階へと迫った。

 その途中、三階と七階と十二階で中ボス級のモンスターに出遭った。これにはさすがに難儀した。

 三階に登場した「おしゃべりスライム」はどんなdisも柔らかく受け止める柔軟性の持ち主で、通常口撃はほぼ無効化されてしまうため、百戦錬磨の私も当初は口撃の糸口を見つけられずにいた。

 しかしどんなに柔軟なモンスターにも心の最奥部には核のように固い思想があることを知っていた私は、その核の部分へじかに触れるマジックワード(モンスターが幼少期につけられた珍妙なあだ名)を言い当てることでこれを撃退した。

 七階に待つ「大物司会の騎士」は次々と上からパワハラ気味に話題を振ってくるため答えるのに苦労したが、逆に質問に質問で返してみると、彼にはたいして面白い答えを言うスキルもなくあっさりと崩れ去った。大御所に限って、案外打たれ弱いタイプであったりもするようだ。

 続く十二階に待ち受ける「お笑い毒舌王」に至っては、口論こそめっぽう強いがプライベートに弱点が多く、旅の途中で芸能リポーターに転職した際に身につけたインタビュースキルを発揮して不倫問題を追及したところ、意外とあっけなく討伐することができた。

 そして私はようやく、最上階の十五階へとたどり着くことができた。赤絨毯に導かれるままにフロアを直進してゆくと、王座にゆったりと腰かける「弁舌竜王」の姿が見えた。

「弁舌竜王」はたしかに竜の形をしてはいた。しかしあくまでも火を噴いたりぶん殴ったりといった暴力的なタイプではないので、サイズ的には中肉中背の青年男性を思わせる佇まいであった。彼の座っている王座の前には木製の机があり、彼はそこでなにやら書き物をしている最中であるようだった。「弁舌竜王」は私を見るなり目の前の机の上へ立ち上がり、開口一番、意外な弁舌を私に浴びせた。

「なあ友よ、全世界の全員が心から幸せになれる世の中を、永遠[とわ]にともに創りたいとは思わぬか?」

 この世を暗黒へと導いた張本人であるというのに、なんという前向きな言葉であろうか。私は即座に同意しそうになったが、そうなったら最後、私はすっかり「弁舌竜王」の思想に取り込まれていたことだろう。

 私はいったん冷静さを取り戻すため、自らの足下を見つめ直した。そして自分のいま立っている場所が、他でもない「空論城」であるという事実を思い出した。しかもその城は、机の上に建っている!

「あなたはそうやって、実現不可能な理想をちらつかせることで、人々にありもしない夢を見せて洗脳してきたんだろう。だが私はそんな机上の空論に同意するつもりなど、一切ありはしない!」

 不意に「友」と呼びかけられた私は、あえて心を鬼にしてそう反論した。だが相手は「弁舌竜王」、その程度の反論にたじろぐ様子もない。

「ではお前は世界平和を望まないというのか? ならばみんなが大金持ちで、みんなが愛しあって、みんなが笑顔になる以外に、お前はいったいどんな世界を望むというのだ?」

「私だって、世界が平和になってくれることを強く望んでいる。だからこそ、ここまでこうやって必死に闘ってきたんだ」

 私は自らの足下がぐらつくのを感じながらも、必死にそう言い返した。だがその言葉は、反論の体をなしてはいなかった。

「ほら、じゃあ俺たちは仲間じゃあないか」

 王者の甘美な囁きが、私を魅惑の空論へと誘う。

「……たしかに理想とする世界のイメージには、近いものがあるのかもしれないが……」

 私は「弁舌竜王」の主張する空論に、いつしか取り込まれかけていたのだった。しかし私はまだ、いま一度自らの足下を見つめ直す冷静さを、かろうじて保持していた。誰がなんと言おうとここは、しょせん机の上の世界に過ぎないのだ。

「私は、あなたと理想を語るためにここまで来たわけじゃない。私が求めているのは、そしていま世界の人々が求めているのは、紛れもない現実の平和だけだ!」

 私がそういうと、「空論城」全体がにわかに大きく揺れはじめた。あるいは私の現実的な意見により、この城を支えている机自体が揺らぎはじめているのかもしれなかった。目の前に立つ「弁舌竜王」の足下にある机も、前後左右へ激しく揺動していた。今が口撃のチャンスと見た私は、この隙に話を続けた。

「『弁舌竜王』というのは、言い換えれば『口だけ番長』ということだろう。その証拠に、あなたはどんなに理想的な理想を語ろうと、現実世界の平和のためになることなど、何ひとつしてはいない。いやむしろ、その言葉とは裏腹に、現実を地獄へと貶めるようなことばかりしている!」

 私の言葉に反応した城はさらに激しく揺れ、天井から御輿のようなシャンデリアが、私のすぐ脇へと落下してきた。身の危険を感じた私は避難訓練よろしく、咄嗟に目の前にある「弁舌竜王」の立つ机の下へと潜り込んで言った。

「あなたが机の上で議論を展開するなら、私はその机の下へ潜り込んでやるまでだ。机の下にいる限り、『机上の空論』に惑わされることなど絶対にあり得ない!」

 すると私の頭上にある机は激しく震え出し、何度か天板をしならせる上下動を繰り返したのち、トランポリンの要領で天井へ向けて「弁舌竜王」を勢いよく弾き飛ばした。

「ま……まさか、机に裏切られるとは……」

「弁舌竜王」はそう口にしながら、天窓を突き破ってどこかへ飛んでいってしまった。それと同時に、ずっとふわふわとした浮遊感の消えなかった「空論城」全体が大きな音を立て、ようやく確かな地面に着地したような安心感がもたらされた。先ほどまでの揺れは、完全に収まっていた。

「それにしても、小学校の避難訓練で習ったことが、こんなとこで役に立つとはなぁ……」

 あっけない旅の終わりに、私はしみじみと自らの幼少期に思いを馳せていた。非現実的な机上の空論に対抗するには、机の下から現実を語るしかない――「机下の現実論」とでも言うべきか。「空論城」の窓から覗く夕焼けの空に、サイレンが響いていた。


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Topy Turvy

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  • 発売日: 2004/04/06
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