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短篇小説「ベバルの誤塔」

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 十年かけて、ついに私は金字塔を打ち立てた。いや実際には金字塔ではなく、隣の塔にそっくりな近似塔なのであった。

 高さもデザインも内装もまったくそっくりな違法建築である。そもそも隣の塔が違法建築なのだから、それを真似したらそうなってしまうのは仕方ない。いや違法建築ではなく異邦建築だったかな。そういえば現場で見かけた作業員の多くは、外国人労働者であったような気がしないでもない。

 私は今日はじめて、できたてほやほやの我が塔の最上階へ昇ってみた。その際もちろん階段ではなくエレベーターで昇ったわけだが、ちょっと表面がぬるぬるしていたので、私が乗ったのはエレベーターではなくアリゲーターだったのかもしれない。熱くはなかったのでラジエーターではなかったように思う。

 エレベーターだかアリゲーターだかに運んでもらったにもかかわらず、塔の最上階に到着した私はひどく疲れを感じていたので、同行していた秘書にそういって好物の金平糖を口にした。

 だがそれを食べた途端、むしろ疲れが倍増したような気がしたので、手にしていた金平糖のパッケージをよく見てみると、萎えきった書体で困憊糖と書いてあった。どうりで疲労困憊するわけだ。私は秘書をどなりつけた。

「おい、これは金平糖じゃなくて困憊糖じゃあないか!」

 しかし秘書はうんともすんとも返事をしなかった。それは相手が秘書ではなく自分の秘所であるからかもしれなかった。だとすると、私は自分の股間に激しく罵声を浴びせていたことになる。

 いったん深呼吸して気を落ち着かせた私は、いよいよ近似塔の最上階に設けられた社長室へと入った。しかしそこにはすでに先客があった。白衣を着た医者が、部屋のど真ん中に設置されている巨大なX線装置を指さして言った。

「さあ、こちらへお腹をつけてください」

 こんなものも人も頼んだ憶えはないのだが、もしかするとここは社長室ではなく写腸室である可能性もあるので、私はおとなしく指示に従って腹をまくり撮影されるままになった。

 しかしここが社長室ではなく写腸室ということになると、そこにいる私の肩書きも、社長ではなく写腸ということになってしまうがそれは困る。私の仕事は人の腸を撮ったり撮られたりすることではないからだ。

 仕方がないので私は、社長という肩書きを諦めて、この日からCEOを名乗ることにした。

 社員らにそのことを通達すると、ある者は私をヤンキー先生呼ばわりして異様に怖れはじめたので、私は自分の肩書きを間違えてGTOと伝えてしまったのかもしれなかった。

 また別の社員は私のところへ頻繁にDVDを借りに来るようになり、さらに別の社員は私にハンコをもらう際、目をつぶって異様に怯えるようになった。私は前者には自分の肩書きをGEOと、後者にはBCGと間違えて伝えていたのだと思う。

 おかげで私はこの近似塔に来てからというもの、目がまわるほど忙しい。だがもしも私がなにひとつ間違えていなければ、私はとても暇な人間なのだとも思う。私が今いるのは、もしかすると隣の塔なのではなかろうか。


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バビロンの城門

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