泣きながら一気に書きました

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短篇小説「もしも氏」

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 我が愛すべき喪師喪史郎は、朝起きて顔を洗い朝食を摂って歯を磨くと、スーツに着替えて満員電車に飛び乗った。もしも彼がサラリーマンであったとすればだが。

 しかし実際のところ史郎はサラリーマンではなかったので、歯を磨くまでは一緒だがユニフォームに着替えて黒塗りのベンツで球場へと向かった。もしも彼がプロ野球選手であった場合の話をしている。

 正直に言えば、史郎には朝家を出るとまずはスタバでMacを広げるというルーティーンがあるのだが、それも彼がもしもカフェイン中毒いけ好かないデザイナー風情であればの話なのは言うまでもない。

 結局のところ朝の満員電車に乗り込む史郎だが、彼は電車内でも一切の時間を無駄にしない。スマホで最新のニュースや株価の動向をチェックするだけでなく、スーツの各ポケットから取り出した計5台のスマホを駆使して株券の売買までその場で行う。そうして彼が電車内であげた利益は、彼の正社員としての収入を大幅に超えると言われている。

 むろんもしも彼が満員電車に乗る生活を送っている一流の投資家で、かつスーツのポケットが計5箇所あったならば、という条件が付帯しない限り、このようなことは一切ないわけだが。

 会社における史郎は出世頭と目され、まだ係長であるにもかかわらず頻繁に社長室へ出入りしている。社長室にはお約束のパターゴルフセットが敷設されており、社長は史郎とのパターゴルフ勝負を日課にしている。

 もちろんこれも、史郎がもしも仕事のできるサラリーマンで、かつ社長が無類のゴルフ好き、それでいて飛ばし屋タイプではなく芝目を読むことに面白味を見出すタイプで、そのうえたまたま以前社内の創立記念パーティーで同席した社長令嬢が史郎にご執心、そういうことならそのうちこいつに娘と会社をやってもいいか、と思われていればの話だが。

 やがて仕事を終え帰宅して眠るとき、彼は今日一日あった出来事を布団の中でひととおり反芻してみる。そこから「もしも」を省いたら、史郎はまだ自分が目覚めてすらいないという夢を見ることになるだろう。果たしてそれが夢なのか、どうか。
 

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