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短篇小説「弔問の多い料理店」

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 行列のできる料理店など今どき珍しくもないが、その列をなす人々がもれなく同じ色の服を身に纏っているとなれば話は別だ。しかもそれが、もれなく沈鬱な面をひっさげた喪服と来れば。

 私がその料理店に初めて足を運んだのは、たまたまその日の私が、知人の葬儀帰りの喪服姿であったからだ。そうでもなければ、わざわざ漆黒の行列にお気軽な普段着で潜り込む勇気など、地方公務員の息子である私が持ちあわせているはずもない。

 だが逆に、普段から気になっていなければ、わざわざ葬式の帰り道に立ち寄ろうなどとは思わなかったのも事実である。よりはっきり言うならば、不謹慎なことに、私はこの日を待ち望んでさえいたのだ。

 それはもちろん、某かの因縁や憎しみから、知人の死を待ち望んでいたというのではない。まさにこれに関しては、無差別殺人犯が都合よく口にするあの無責任な常套句「誰でも良かった」を当てはめるほかないのである。私が切に求めていたのは、知人の死どころか誰の死でもなく、言ってしまえば「死」ですらなく、ごくごく純粋に「喪服を着る機会」ただそれだけであったのだから。

 そう言えば貴方がたはおそらく、「別に葬式でなくったって、なんでもない日に喪服を着ていけばいいじゃないか」などと野放図におっしゃることだろう。だがそんな乱暴を言えるのは、あの行列をなす面々が揃って見せる、哀しみを湛えた、この世の果てとしか言いようのない暗澹たる表情を、貴方がたが目の当たりにしていないからである。

 あの特殊な行列に自然体を装って溶け込むのは、並の演技力では難しいと言わざるを得ない。少なくとも、地方公務員の息子である私には不可能であるように思えた。

 そして私がその物騒な料理店にぜひ入ってみたいと常々感じていたのも、まさにその行列が持つ表情ゆえであった。ことほど左様に絶望を面に表した人々の奥底にある瀕死の食欲を呼び起こし、さらには「並んでまで食べたい」と思わせる料理とは、いかほどのものであるのか。

 店には看板が掲げられていないため、ネットで評判を調べようにも検索のしようがなかった。そこで供されるのはもしかすると、人間の哀しみや絶望など一瞬にして蹴散らすほどの、究極の料理なのではないか。

 私はそのような期待を胸に、行列の最後尾についたのだった。行列に馴染みの良い暗鬱な表情をリアルに浮かべるため、その日荼毘に付されたさほど仲の良くなかった知人との、ありもしない思い出の日々に遠く想いを馳せながら。

 店の入口から伸びる三十名ほどの行列は、思いのほかスムーズに消化されていった。時おり、並んでいる順番とは関係なく、真ん中あたりから呼び出されて店内に導かれてゆく人が何人かあったのが気になった。あるいは有名人や権力者が優遇されているのであろうか。

 二十分ほどが経過し、漆黒の行列にもすっかり馴染んできたところで、やはり喪服を着た店員に声を掛けられた。私は改めて沈鬱な表情を作り直してから、店内へと重々しく足を踏み入れた。

 まず最初に違和感を感じたのは、レンガ造りの広々とした洋館風のフロアが、思いのほか閑散としていたことだ。テーブルにしろカウンターにしろ、明らかに空席が目立っている。行列のできる店で、空席が多いなどという逆説的な状況があり得るであろうか。

 私は少々疑問を感じつつも、おとなしく勧められたテーブル席についた。そしてセットメニューに従い、十勝産コーンスープ、有機野菜のシーザーサラダ、比内地鶏のソテー、そして食後のコーヒーを注文した。自家製のパンは自動的についてくるようだ。

 五分ほど待つと、まずはコーンスープとバスケットに入った自家製フランスパンが登場した。私がスープに口をつけると、そのタイミングで喪服姿の男がまたひとり、入口から店内へと導かれるのが目に入った。そしてふた口目を口にすると、その喪服姿の男はなぜか私の目の前に立っていた。その手には小さな壺のような陶器を持ち、涙目で何かをこちらに訴えかけている。

 私はこの段に及んで、目の前にいる喪服姿の男が客でないことをなんとなく理解した。手に持った壺の蓋を開ける男の手には数珠が掛かっており、それを見て初めて、私はこれがただの壺ではなく、お焼香をするための香炉であることを悟った。

 もしかするとここは、メイドカフェ的趣向で「葬儀プレイ」を楽しむ「葬儀カフェ」なのかもしれない。咄嗟にそう解釈した私は、郷に入っては郷に従え、とりあえず「お焼香プレイ」に応じる決意をしたが、目の前に突き出されたのは香炉のみであり、そこへ投入する抹香が用意されていないことに気づいた。

 通常ならばその二つは左右に仲良く並んでいるはずであり、それを右から左へキャッチ&リリースする動きこそがお焼香の醍醐味である。私は見えたはずの正解を、即座に見失ってしまったのであった。

 だが地方公務員の息子である私には、そんな危機的状況においても冷静に次善の策を練る判断力が備わっていた。私は籠に入っているフランスパンの一片を取りあげると、その一部をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、といった心持ちで、指先で細かくちぎったのちに、いったんそれを額にバウンドさせてから香炉に投入するという、斬新なお焼香プレイを繰り広げた。

 香炉はたちまちパンくずでいっぱいになった。私が「ご愁傷様です」と声をかけると、男はパンくずの山を封じるように香炉の蓋を無理に閉じ、深々としたお辞儀とともにひと粒の涙をこぼして立ち去った。その涙に嘘があるようには、どうしても見えなかった。

 では男はいったい誰の死を悼み、私はいったい誰に向けてお焼香しているのか。いまだ不明な点は多い。

 ほどなくして二品目のシーザーサラダが運ばれてきた。フォークを手に取り、私がやはりひと口目を口に入れたタイミングで、入口からまた別の喪服姿の男が入ってくるのが見えた。そしてまたしても、ふた口目で男は目の前に立っていた。私は先ほどと同様の手順で、お焼香を無難にこなしてみせた。今回はシーザーサラダのクルトンが即戦力となってくれたため、パンをちぎる手間が省けた。この男もやはり終始泣いていたのだった。

 気を取りなおしてサラダを食べ終えると、しばし間を置いてメインのチキンソテーが運ばれてきた。今度入ってきたのは喪服姿の女であったが、私はやはり前二回と同様の手順で焼香した。今回はすでにパンの類が手元になかったため、ソテーに添えられていたパセリの頭を細かくちぎって香炉へ投入した。料理の味はすべて絶品であった。

 涙を浮かべて立ち去ろうとする女の背中に、ついに私は問うてみた。「いったい私たちは、どなたを悼んでいるのですか?」と。

 すると女は、ただひとことだけ言い残してその場を後にした。

 「うちの子は、あなたのために死んだのですよ」 

 いったい何を言っているのか。無論さっぱり身に憶えなどないが、さすがに放置できる言葉ではなかった。私は慌てて店員を呼びつけると、この謎のお焼香システムについて問うた。店員の男はこともなげに、マニュアル通りといった機械的な口調で答えた。

「当然ですが、食材が動植物いずれであれ、当店では調理に際して必ず殺生を行います。焼香を求めてくる人たちは、それら食材の育ての親であり喪主たちとなっております」

 むろん納得とはほど遠いが、その言葉に矛盾は見当たらなかった。すると行列に並んでいる際に、列の中途から店内に招き入れられていた人たちは、優遇された著名人でも権力者でもなく、自ら育成した食材に別れを告げに来た生産者であるということか。どうやら、自らが手がけた食材を使用したメニューに客からの注文が入ると彼らは呼び出され、客の口に放り込まれるその瞬間を今生の別れとして、弔いの儀を執り行うという寸法らしい。行列ができているのに店内が思いのほか空いていたのは、その行列の大半が客ではなく、生産者=喪主のほうであるからということだろう。

 味はすこぶる良いが、なんとも面倒な店に入ってしまったものだ。私は面倒ついでに常々気になっていたことを、この無機質な店員に尋ねてみることにした。そう、この店には看板が見当たらぬため、私はこの店の名前を知らなかったのである。

「当店は、弔問の多い料理店です。それが、この店の名前です」


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