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短篇小説「品書きのエモい料理店」

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 誰もがグルメグルメとほざく昨今、私はいよいよ通常の美味いだけの料理では飽き足らなくなってしまった。料理とは、ただ物理的に美味いだけで良いのだろうか。演奏の上手いだけの音楽が味気ないように、美味いだけの料理というのもまた、文字どおり味気ないものだ。

 私は心を揺さぶるエモーショナルな音楽が好きだ。ならば同じく感情に訴えかける、エモい料理というものがどこかにあるのではないか。そんな疑問を持ちはじめた矢先のことだった。近所に新しい料理店がオープンするというチラシが、ポストに投げ込まれていたのは。

 私はオープン初日の開店時間に合わせて、その店を訪れた。なぜならばそのチラシには、「あなたの心に、届けたい料理がある」という、実に「エモい」としか言いようのないキャッチコピーが踊っていたからだ。

 私の求めていた料理は、きっとここにあるに違いない。そう確信した私が、その店へ真っ先に向かわなければならないと考えるのは、むしろ自然なことだろう。

 その店は、私の家から最寄り駅へと向かう途上にあった。その店構えは和風とも洋風とも言えるし、エスニックとも中華とも言えなくもない。つまりなんの変哲もない飲食店であるように見えた。

 そのわりにはランチ営業なしの強気なスタイルであるらしく、夕方の開店時間より五分ほど前に店に着いてしまった私は、きっちり五分待たされてから、店内のテーブル席へと案内された。

 私が着席すると、ウェイトレスが革張りの高級感あふれるメニューを差し出して言った。

「あなたの心に、届けたい料理がある」

 チラシに躍っていた例のキャッチコピーを目の前で言い放たれた私は、それが期待していた文言であるにもかかわらず、少々戸惑ってしまった。なぜならばその言葉の中身のエモさに反して、ウェイトレスの目が完全に死に絶えていたからだ。

 とはいえ真新しいメニューを開く瞬間というのは、いつだってワクワクするものだ。私は祈るようにメニューを開いた。そしてメニューから、得も言われぬ圧力を感じた。メニューに書かれているそれぞれの料理名が、あまりにも長くエモかったからだ。

 私はしばしメニューを読み込むことに没頭してしまっていたらしい。気配を感じてふと顔を上げると、注文を取りに来たウェイトレスが目の前に無表情で立っていた。まるで小一時間そこにいたような顔をしているが、何分待たせてしまったのかはわからない。

 とりあえず飲み物だけでも先に頼むべきだと思い、私はメニューの中から気になるものを咄嗟に選んで伝えた。

「ではこちらの、《前科三六犯の男が、死刑執行前日まで刑務所内で踏み続けた贖罪の赤ワイン》を」

 するとウェイトレスは答えた。

「あなたの心に、届けたい料理がある」

 彼女は死んだ目でわたしの目を直視して例のフレーズを言い残すと、一礼して厨房へと下がっていった。その言葉には、どうやら合点承知の意味もあるようだった。

 しばらくすると、ウェイトレスがワインボトルとグラスを持ってやってきた。ボトルにはギロチンの絵が描かれたラベルが貼ってあり、グラスに注がれたワインは汚れた血の色に見えた。だが味のほうは申しぶんなかった。私は続けて料理を注文することにした。

「じゃあまずはこの、《しつこいパーマ女の追跡からほうほうのていで逃げ切った野良猫がくわえていたサーモンのマリネ》をお願いしたいんですが、これって、本当にそうなわけじゃないですよね?」

 私が気になっていたことを訊ねると、ウェイトレスは、

「あなたの心に、届けたい料理がある」

 と言って再び厨房へ帰っていった。どうやら彼女は、このひと言しか教えられていないようだった。しかしだからといって、彼女を仕事のできない女だと決めつけるわけにはいかない。その証拠に、まもなく彼女は厨房から初老のシェフを連れて私の席にやってきたからだ。

「お客様、わたくしがこちらの料理を担当いたしました、シェフの漆原でございます。何かご質問がございましたら、どうぞご遠慮なく」

「あの、こちらの料理は、本当にメニューに書いてあるとおりなんでしょうか?」

「と、申しますと?」

「いや、その、ここに書いてあるように、実際に『しつこいパーマ女の追跡からほうほうのていで逃げ切った野良猫がくわえていたサーモン』をマリネしたのかな、と。まあそんなはずは……」

「左様でございます」

「では、パーマ女というのは……?」

「サザエでございます。権利関係の問題がございますので実名は記しておりませんが、間違いなくサザエでございます。といってももちろん、あのアニメのキャラクターではございません。実際にサザエという名の、パーマの女が当店の従業員にいるのです。そして彼女が仕入れた鮭をまな板に放置していたところ、それをどこからか忍び込んできた野良猫に奪われ、彼女はその猫を街中追いかけまわしました。そしてちょうど街を一周して店の厨房までようやく追い込んだところを、わたくしが捕らえてその口にくわえていたサーモンをマリネしたというわけです。そのときの野良猫が感じた、決死の覚悟を味わっていただければ幸いです」

「しかし野良猫がくわえていたとなると……」

「衛生面に関しましては、まったく問題ございません。もしよろしければ、他の料理に関しましても、ご質問いただければ喜んでお答えいたしますが」

「ではこちらの、《荷馬車にさらわれかけた子牛たちの身代わりになった親牛のサーロインステーキ》というのは……?」

「ドナドナでございます」

「でもあれはたしか、子牛は荷馬車で売られていくんじゃなかったかな?」

「続編ですよ」

「そんなのありましたっけ?」

「ないから作ったんですよ。料理でね。料理というのも表現ですから、音楽となんら変わりはありません。つまり歌の続きが料理であってもいいわけです。荷馬車に乗せられている子牛たちを、駆けつけた親牛が助けるんです。どうです、いい話でしょう? 良かったらハンカチをどうぞ。でもあんまり上手くいきすぎてもリアリティがないので、親牛には犠牲になってもらうことにしました。こちらはその時に親牛が感じた満足感と悔しさを、同時に味わっていただく料理となっております」

「なんだか複雑な気持ちですね……」

「奥行きと言ってください。他にも何か気になる料理はございますか?」

「じゃあこの《裏切り羊の背面あぶり焼き、小早川家の旗を立てて》というのは?」

「ああ、そちらですね。羊って一般に従順なイメージがありますよね。でも中にはやはり、人間と同じく裏切る不逞の輩もいるんです。そんな反抗的な羊の肉は、特に背筋が発達していて美味しいんですよ。ですので裏切りの象徴でもあるその背中をあぶり焼きにして、同じく裏切り者の代表格である小早川秀秋の旗をその真ん中に突き立ててみました。こちらはお客様に、関ヶ原石田三成が感じた無念をじっくりと味わっていただける料理となっております」

「なんだか苦そうですね」

「深味があると言ってください。他にも何か気になるものが?」

「じゃあこれはなんですか? 《悪事などなにひとつ働いたことのない若鶏の唐揚げ》というのは」

「悪事などなにひとつ働いたことのない善良な若鶏を捕まえて、カラッと揚げてみました」

「それだけですか」

「シンプルと言ってください」

「可哀想じゃないですか」

「そう、まさにそういう味です。その可哀想という感情こそが味なのです」
 
 私は結局、それらすべてを注文して完食した。たしかにそれぞれに異なる、様々な感情を味わいながら。

 そして会計を済ませると、ウェイトレスがやはり「あなたの心に、届けたい料理がある」と言いながら、紙袋に入った何かを手渡してきたのだった。店を出てから袋の中を覗き見ると、そこには焼きすぎたパンがいくつかと一枚のメモが入っており、品書きらしきそのメモにはこう書いてあった。

《店主の体調が悪いときに作ったパン》

 私はそのパンを食べるかもしれないし、食べないかもしれないと思った。紙袋にプリントされたその店の名は、『品書きのエモい料理店』という。


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  • 発売日: 2015/11/06
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