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悪戯短篇小説「注文の多い料理店にいる記憶力の悪いウェイトレス」

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休日の朝、のっそりと起き出して「中身の乏しい冷蔵庫」を確認した「思い込みの激しい悦郎」は、とりあえず遅めの朝食をとるため、駅の向こうにある「注文の多い料理店」の「シェフの気まぐれが激しいランチ」をいただきに向かうことにした。

しかしいざ「遮断機の鋭利な踏切」を渡り、「注文の多い料理店」があるはずの一角へとたどり着いてみると、何度か訪れたことのある「注文の多い料理店」はどこにも見当たらなかった。「思い込みの激しい悦郎」は、どうやら勝手に店の場所を駅の向こうにあると思い込んでいたのである。

賢明にもそのことに気づいた「思い込みの激しい悦郎」は、再び「遮断機の鋭利な踏切」をスレスレのところで渡り、15分ほどウロウロするうちに、「注文の多い料理店」を「まったく見覚えのない場所」に発見した。店頭に立てかけてある「もの凄く字の汚い黒板」に見覚えがあった。

「思い込みの激しい悦郎」が店内に入ると、「挨拶の大きいウェイター」が「いらっしゃいませ!」と声高に叫び、「思い込みの激しい悦郎」はやはり不必要な大音声で案内されたテーブル席に着席した。

しばらくすると「記憶力の悪いウェイトレス」が「出どころのわからない水」と「紙質の悪いメニュー」を持って来て、「ご注文よろしいですか?」と訊いてきた。「思い込みの激しい悦郎」は、「シェフの気まぐれが激しいランチ」と「豆の苦すぎるコーヒー」を頼んだ。

十五分ほど待っても料理が来ないのでおかしいなと思っていると、「記憶力の悪いウェイトレス」が再び「思い込みの激しい悦郎」の席へと手ぶらで近づいてきて、「ご注文よろしいですか?」と初めて注文を訊きにきた感じで再度訊ねてきた。

「思い込みの激しい悦郎」は、不満ながらも「もしかしたらまた自分が、すでに注文したと思い込んでいるだけかも」との考えが頭をよぎり、もう一度「シェフの気まぐれが激しいランチ」と「豆の苦すぎるコーヒー」を注文した。

それから十分後、「シェフの気まぐれが激しいランチ」が「記憶力の悪いウェイトレス」の手によって運ばれてきた。正直、これが注文通りの食べ物であるのかは、まったく自信がなかった。なぜならば頼んだのが「シェフの気まぐれが激しいランチ」であるからで、何がどう料理されていようと、すべてはシェフの気まぐれ次第。どんな物体が運ばれてこようとそれが「シェフの気まぐれが激しいランチ」であることに違いはないからだ。

ちなみに食後に出てきた「豆の苦すぎるコーヒー」に関しても、苦さという味覚は個人の主観と程度問題であるため、同じく「紙質の悪いメニュー」に並んでいた「豆の苦すぎないコーヒー」のほうと間違えられているのかもしれなかった。なにしろ相手が「記憶力の悪いウェイトレス」であるうえ、こちらは「思い込みの激しい悦郎」なのだから。

もしかすると「豆の苦すぎるコーヒー」ではないのかもしれないものを飲み干して「思い込みの激しい悦郎」が席を立とうとすると、「記憶力の悪いウェイトレス」がつかつかと席に近づいてきた。「あれ、ここってテーブルチェックだったかな?」と、またしても「思い込みの激しい悦郎」が自らの記憶を疑っている間に、「記憶力の悪いウェイトレス」は平然と言った。

「ご注文よろしいですか?」

またしても初めて注文を取りにきたていで、真っすぐにそう言うのだった。まだ皿もカップもテーブル上に残っている状態であるにもかかわらず、それを下げようとする素振りも見せずに。どうやら彼女はまた、極めて純粋に注文だけを承りにきた様子である。

ここで改めて、「思い込みの激しい悦郎」は、自らの思い込みを疑ってみるという「疑惑の大きいチャレンジ」を自らにぶつけてみることにした。そして「思い込みの激しい悦郎」は、「ひとつの重要な思い込み」を犯していたことに気がついたのだった。

気まぐれシェフのイメージから、彼は勝手にここを「(シェフから客への)注文の多い料理店」だと思い込んでいたが、そうではなかったのだ。

実際のところこの店は、「注文(を取りにくる回数)の多い料理店」だったのである。以前ここを訪れたときの記憶は、新たな思い込みによりすっかり掻き消されている。

「思い込みの激しい悦郎」は、「お会計お願いします」と何度も声に出して言ってはみたが、「記憶力の悪いウェイトレス」はじっと彼の目を見つめたまま、それを確信を持って聴き流している。彼女が耳を傾けてくれるのは、「紙質の悪いメニュー」に書かれてある品目を告げたときだけだ。

もう家に帰ることはできないのかもしれない。

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