泣きながら一気に書きました

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短篇小説「AでもないBでもない」

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 背が高くも低くもない、特に男っぽいわけでも女っぽいわけでもない男が、お昼すぎとも夕食前とも言えない時間帯に、定食屋にもレストランにも見えない飲食店で、昼定食でもランチでもない何かを食べていた。男のほかに客はいなかった。

 男が店に入ってきた瞬間、店主でも店員でもない女は、この男のことが妙に気になった。男の姿が、サラリーマンにも工場労働者にも水商売にも無職にも見えなかったからだ。

 この店はオフィス街でも歓楽街でも学生街でも田舎町でもない場所に建っていた。特に美味いわけでも不味いわけでもないが、かといって普通というほど普通でもなく、特別というほど特別でもないところが落ち着くと評判の店だった。なんて面倒で落ち着かない評判なのだろうか。

 男が昼定食でもランチでもない何かを美味そうでも不味そうでもなく食べていると、新たに暖簾でも手ぬぐいでもない入口の布をくぐるでもなくよけるでもなく、また別の男が入店してきた。今度の男は太っても痩せてもおらず、特に歳を食っているようにも、かといって若くも見えず、その格好や人相からして刑事にも犯人にも見えなかった。

 あとから入ってきたこの太っても痩せてもいない男は、他にいくらでも空席があるにもかかわらず、先客である背が高くも低くもない男の前に立つと、男と目を合わせるでもなく合わせぬでもなく、軽く会釈でも単にちょっと下を見るだけでもないような微妙なそぶりを見せた。

 すると、その視線を受け止めるでも受け流すでもなく視界に感じていた背が高くも低くもない男のほうも、まったく同じように会釈でもなく足下を見るでもない感じで、かすかに頭を下げるような動きでこれに応じたのだった。

 直後にふたり向かいあっての相席が成立した様子を見るに、店主でも店員でもない女にはその一連の動作の応酬が挨拶であったようにも思われるのであったが、だからといって仲良く話し込むわけでもなく、ふたりは何らかの知りあいであるようにもそうでないようにも見えた。

 先に太っても痩せてもいない男に関して、「刑事にも犯人にも見えない」と書いたが、逆に言えば背が高くも低くもない男のほうは、刑事にも犯人にも見えないとは言いきれぬ風貌をしていた。

 刑事と犯人では大違いどころか正反対であるようにも思われるが、本当にどちらにも見えなくもないのだから仕方ない。だが彼がたとえば犯人に見えたとして、向かいに座っている太っても痩せてもいない男が刑事に見えるかというと、やはりそんなことはなかった。太っても痩せてもいない男のほうは、やはりどうしても刑事にも犯人にも見えないのだった。

 しばらくすると、先客であった背が高くも低くもない男のほうが、ゆっくりと席を立った。テーブルの上の皿の様子を見るに、綺麗に完食しているとも、明らかに残しているとも言えず、ゆえに会計に立ったのかトイレに立ったのかは、その時点では判然としなかった。

 そして立ち上がった背が高くも低くもない男が、出口へ向かうでもなくトイレを探すでもなくフラフラと店内を徘徊していると、続いて太っても痩せてもいない男のほうも、いったん箸を置いて席を立つ動きを見せた。

 するとまるでこのタイミングを待ち受けていたように、太っても痩せてもいない男が腰を上げた刹那、店内をうろついていた背が高くも低くもない男が、猛ダッシュで出口へと駆け出したのだった。男は暖簾でも手ぬぐいでもない布をくぐるでもよけるでもなく、脇目もふらず外へ飛び出していった。

 続いて店を飛び出していったのは、太っても痩せてもいない男ではなく、ふたりの様子を終始見つめていた店主でも店員でもない女のほうであった。太っても痩せてもいない男は刑事にも犯人にも見えなかったが、店主でも店員でもない女は刑事にも犯人にも見えるのだった。

 店主でも店員でもない女は、五十メートルほど先の路上で背が高くも低くもない男を取り押さえると、胸ポケットから取り出した手帳を提示し、正確な時刻を告げてから男に手錠を掛けた。たしかに女は飲食店の店主でも店員でもなかった。

 そのあいだに太っても痩せてもいない男は一円も払わずに店を出て、悠々と帰路についた。


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