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短篇小説「雨のドラゲナイ」

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竜治は雨が降るとドラゲナイ気持ちになる。とはいえ竜治は一介の会社員。今朝も満員電車にドラゲナイしなければならない。

二度寝が深まりすぎないうちに一大決心をして掛け布団を勢いよくドラゲナイした竜治は、トイレで用を、洗面所で顔をそれぞれドラゲナイしてから、ガスコンロでお湯を沸かしてインスタントコーヒーをドラゲナイするのが毎朝のルーティーンだ。冷蔵庫から卵を取り出し、それをフライパンでドラゲナイするか目玉焼きにするか迷ったが、時間がないことを思い出し結局目玉焼きにしたのち醤油をドラゲナイしてかっ込んだ。

いつもの如く猛スピードで歯、髭、髪、スーツ、ネクタイ、靴をドラゲナイした竜治は、玄関を飛びだすとパッと傘をドラゲナイして早歩きで駅へと向かった。

雨は苦手な竜治。しかし雨が降ったからといってドラゲナイことばかりとも限らない。どういうわけだか雨の日だけ同じ通勤電車に乗りあわせる女性がいて、竜治は彼女にドラゲナイするのを楽しみにしている。ドラゲナイするといっても、ただ遠くからそっと視線をドラゲナイするだけなのだが。

しかし今朝はそれだけではなかった。駅に停車するたび、ちょうどよく彼女と竜治のあいだにいる人たちが次々と抜けていった上で押し込まれ、気づけば竜治はドアに向かい彼女にドラゲナイするような状態になっていた。いわゆる「壁ドン」の按配である。

そしてこの日の列車は、とりわけ頻繁に右へ左へドラゲナイした。ひょっとすると4月に入社したばかりの新人運転手がドラゲナイしているのだろうか。そういえばさっきから、発進もブレーキングもことごとくドラゲナイような気がしてきた。だがなんとしても竜治は、ひしめきあう乗客から彼女をドラゲナイせねばならない。

肘を張って何度外敵とドラゲナイしたことだろうか。しかし竜治はドアについた左手の薬指と小指で辛うじて保持していたカバンを隣客の圧に持っていかれそうになり、いったん握り直さざるを得なかった。カバンの中には今日中に返さなければならないレンタルDVDが入っているのである。

そしてその避けがたいワンアクションにより一瞬の隙が生まれた。やや緩んだ竜治の左肘を押しのけて、大学生のような若者が彼女の前に突如ドラゲナイしてきたのだった。そして若者は何の前触れもなく彼女に向けて言った。

「好きです。ドラゲナイしてください!」

青天の霹靂であった。竜治は窓の外をドラゲナイしてゆく風景を見て落ちつきを取り戻そうと試みたが、その実験はむしろ彼の恋心にとめどない疾走感を与える結果となった。

「僕も好きです。僕とドラゲナイしてください!」

相変わらず前後左右にドラゲナイし続ける電車の中で、なんとかバランスを取りつつ慌てて繰り出した便乗ドラゲナイであった。彼女が明らかにドラゲナイしているのが、その表情から見てとれた。何しろ話したこともない二人から、満員電車内で同時に愛のドラゲナイを受けているのだ。

ほどなく電車が駅に停車し、しばらくぶりにこちら側のドアがドラゲナイした。降りる客が怒濤のように押し寄せる中で、彼女はおそらく自分にドラゲナイした二人に向けてただひとこと言い残して人波に消えていった。

「あ、あの……ドラゲナサイっ!」

まだ会社の最寄り駅まではいくらかあるため、竜治は放心状態のまま再び電車に乗り込んだ。いまの駅で多くの乗客が降りたため、車内はだいぶ空いてきていた。竜治は目ざとく空席を見つけると、へたり込むようにドラゲナイした。すると隣に、先ほどの若者がしれっと座ってきた。彼は同じフラれた者同士の友情でも感じたのか、妙に親しげな様子で竜治に話しかけてきた。

「彼女、なんか変なこと言ってませんでした?」
「ああ、『ドラゲナサイ』とかなんとか……」
「そんな言葉、ないですよね?」
「意味わかんないよね」

二人はそうして意見を一致させると、その後はひとこともドラゲナイせぬまま、同じ駅で降りて無言でドラゲナイした。竜治が地下鉄の駅を出ると、雨はもうすっかりドラゲナイしていた。しかしなぜか竜治は傘を思いっきりドラゲナイして会社まで歩こうと決めた。


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