泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

店長と呼ばないで

ちょいと小ぶりなスーパーマーケ。

カップ麺やらバターロールやら柿の種やらを物色していると、棚の向こうで「店長! 店長!」と繰り返すおばんの高らかな声。今どきのひな壇芸人より張った声。その声の強さが差し示す射程距離から、店長がおばんの視野にいないことがすぐにわかる。

古今東西「長」のつく者は偉いと相場が決まっているが、その神通力はあくまでもその価値観を共有している組織内での話であって、外部にいる人間にはさっぱり通用しない。そしてもちろん、おばんと店長は同じ組織の人間でもなければ価値観を共有してもいない。おばんが「長」を「長」とも思わぬ証拠に、その声のトーンは明らかに人を「呼びつけて」いる。

「店長!」と4・5回繰り返したところで店長が店の奥から出てくる。正確にいえば店と店の奥の在庫管理スペースを隔てる銀色の扉、『ザ・ベストテン』のような扉からパカーンと出てくる。しかし回転扉ではなく観音開きなので西部劇のバー入口のようでも競馬場のスタート地点のようでもある。いずれにしろパカーンとしているが店長は一切のパカーン感なく腰をかがめて申し訳なさそうに出てくる。

店長の出現によりもちろんおばんの店長コールは止むのだが、では何のために店長を呼んだのかといえばなぜか「あんたあした出勤すんの? あしたあした」とやたら明日の出勤予定を訊いている。相手がホストならわかるが店長は小太りのいかにも店長らしい中年でイケメンではない。おそらくこの店に指名制度も同伴出勤もない。あるとしたら一緒に大根を運び入れたりすることになるだろう。

あるいは「店長はおばんの息子なのかも」と考えてみたが、それにしては店長が迷惑そうにしているのが腑に落ちない。いやもちろん店先に母親が来たら迷惑千万だが、店長のリアクションにもおばんの呼び方にも親子関係を匂わせるあの独特の湿度がない。

おばんがふざけて「ほら、て〜んちょ〜」と言っているのであれば、「本日めでたく店長に就任した息子を冷やかしに来た母親」というドラマが描けるが、おばんの「店長!」という声には店員と客というドライな関係の間にしか生まれ得ぬ独特の張り詰めたトーンが間違いなくあった。

やがておばんによるしつこい出勤予定確認も終わったらしく、しばし店内に沈黙の時間が流れたところで店長は扉の向こうへと退場。こちらもそろそろレジへ並ぼうかと思ったところに、背後から「店長! 店長!」の声が再び上がる。悪夢のような展開である。エンドレス・サマー。

すると例のベストテン扉がパカーンと開きもちろん店長再登場。改めておばんの顔を確認してみるが挙動不審な様子は一切なく、まったくの自然体でむしろ期待を裏切られた気分になる。おばんが正気なのか狂気なのか、判別がつかぬままレジを済ませマーケを後にした。

どうも最近、店の人に長々と話しかけたり説教したりしている年輩客を見かける機会が多いような気がする。店側が反論できぬ立場にいると見てストレスの捌け口にしているように映るが、もしかしたらいきすぎたファンの一種なのかもしれない。しかし悪気がなければ良いというものでもない。

もしもそのような状況になったら店員は店長を呼ぶことでその場を逃れることができるが、店長がターゲットになった場合、助けてくれる人は誰ひとり存在しない。ベストテン扉の向こうへ隠れたとて、何度でも大声でステージへと召喚される。

こうなったらもう店長は冷凍庫にでも逃げ込んで凍ったフリをするしかないのかもしれない。そこにふざけたアルバイト店員が先に入っていたとしたら、それを押しのけてでも。

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