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不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

短篇小説「某気茶屋」

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 そう、ここは繁華街にある居酒屋『某気茶屋』。今日も我が店は、あらゆる「気」にあふれている。

 その原動力となっているのが、各店員がそれぞれに放っている「気分」である。我が店ではスタッフの個性を重視して、各人の胸の名札に、苗字とともに「その日はどんな気分であるか」を表記している。その日の気分によって、挨拶も必然的に変わる。

 ここがもしも『やるき茶屋』であるならば、店員の気分にかかわらず、注文を承った際の挨拶は「はい、よろこんで~!」と相場が決まっている。しかし我が店のモットーは「正直接客」であり、店員の気持ちに嘘をつきたくはない。

 店員だって人間である以上、やる気のないときだってあるし、好きでもないのにただただ金のために仕事をしているという者もいるだろう。そういう気分は、たとえどんな言葉で飾ろうとも、お客様に伝わってしまうものだ。

 気分と実際の言動のあいだにねじれがあると、以心伝心、その不穏な空気は必ずやお客様に伝わってしまう。だから我々はお客様に対して、あくまでも正直であることを心がけている。

 たとえば呆村という大学生の男性アルバイト店員は、大事な試験前にもかかわらず、まったく勉強しないという至極「呑気」な気分でこの日の接客を行っていた。胸についた名札の下には、もちろん「呑気」と刻字されたテプラが貼ってある。

 テーブル席に着いたサラリーマン集団のもとへ、呆村が注文を取りに向かう。そしてお客様が注文を告げるたび、呆村がその日の気分である「呑気」を反映した率直な相槌の台詞を放つ。

「えーっと、とりあえずビール4つ」
「はい、なんとかなると思いま~す!」
「あと、枝豆と板わさね」
「はい、なんとかなると思いま~す!」
「あ、だし巻きともつ煮込みも」
「はい、なんとかなると思いま~す!」

 まるで呆村本人は我関せず、誰かがなんとかしてくれるはずという、いかにも呑気な大学生らしい嘘のない相槌ではないだろうか。この日の呆村が業務時間内において発した台詞は、この「はい、なんとかなると思いま~す!」ただひとつのみであったが、まったく業務に支障はなかった。

 呆村が接客したお客様たちにとって、この日の『某気茶屋』は、いわば『呑気茶屋』であったということになる。

 次に30代パート主婦の鰯島が、OLの女子会テーブルへと接客に向かう。

「注文いいですか? あたしモスコミュール」
「はい、かもしれません……」
「え? それってつまり、ないってことですか?」
「はい、かもしれません……」
「じゃあ逆に言えば、あるかもしれないってこと?」
「はい、かもしれません……」
「それじゃあやっぱり、ないかもしれないってこと? いったいどっちよ!」
「はい、かもしれません……」

 その日、パチンコで大負けしてから出勤してきた鰯村は、ひどく弱気な気分になっていたのだった。自分がしていることは、何から何まですべて間違っているのかもしれない。「はい、かもしれません……」というのは、そんな気分から放たれた、素直な接客の相槌だった。胸の名札には、「弱気」と表記されたテプラが貼られていた。

 こんな鰯村のような接客態度では、注文が滞ってしまうと危惧される向きもあるかもしれない。

 しかしその他すべての注文に対してもこのどっちつかずの相槌で通した結果、OLのお客様たちも諦めて、とりあえず注文を全部言うだけ言うことを選ぶ。するとまもなくすべての注文が確実に届けられるため、やがてこれは単なる「Yes」の相槌であって、台詞の後半部分は無視して良いのだとお客様の中で合点がゆく。

 結果、注文は通常通りのサイクルでまわるため、なにひとつ問題などありはしないのである。

 鰯村が接客したお客様たちにとって、この日の『某気茶屋』は、いわば『弱気茶屋』であったということになる。

 最後にご紹介したいのは、我が店のエースと言っても過言ではない、副店長の倒山という男である。この日の倒山は、出勤当初からしてすでに、何事かを決意したような鋭い目をしていた。胸元には「死ぬ気」と刻印されたテプラが光っていた。

 カウンターですでにほろ酔いの老人男性客に呼ばれた倒山が、接客に向かった。

「あ、えー、なんだっけこれ。あー、まあいいや、同じのをくれ」
「はい、たとえ死んでも、この命に代えて!」
「なんだったかなこれ。梅酒? ハイボール? いや焼酎のロックだったかな」
「はい、たとえ死んでも、この命に代えて!」
「いや、なんだったかって訊いてんだけどね。まあ同じのだよ同じの、わかってんの?」
「はい、たとえ死んでも、この命に代えて!」
「あらら、死なれちゃ困るんだけどねぇ。酒頼んだだけで、俺ぁ殺人犯になっちまうじゃねえのぉ。なんつって」
「はい、たとえ死んでも、この命に代えて!」

 倒山が接客したこの老人にとって、この日の『某気茶屋』は、いわば『死ぬ気茶屋』であったということになる。

 そして業務終了後、スタッフ全員を集めて終業報告を受けている私のもとへ、副店長の倒山がまさに決死の表情で近づいてきた。そして彼はまずは私に、続けて皆に向けて言った。

「あなたには、本日限りで店長を辞めていただきます。店長のポリシーである『気分的接客』の弊害によって、売り上げもネットでの評判も店員のモチベーションも、すっかり地に墜ちているんです。すでに株主の許可は取ってあります。明日からは、私がこの店の店長を務めることになります。私が店長になるからには、明日からは全員『死ぬ気』で働いてもらいます」

 そして店長である私は、突如クビになった。倒山が「死ぬ気」で決意していたのは、まさしくこのクーデターのことであったようだ。接客を受けた老人だけでなく、この日の私にとってもまた、我らが『某気茶屋』は『死ぬ気茶屋』であったということになる。

 最後に私は倒山に訊いた。「お前なんぞに、この店の店長が務まると思っているのか?」と。

 倒山は答えた。

「はい、たとえ死んでも、この命に代えて!」

 その言葉を聴いた私は、なんとも説明しようのない気分で店を後にした。その気分をあえて言葉にするならば、やはり「某気」としか言えなかった。


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