泣きながら一気に書きました

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短篇小説「い・ら・な・いオートマティック」

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 二十二世紀に入り、この世のあらゆるものが自動になったが、どこを自動化するかは個々人のセンス次第だ。

 僕は毎朝八時に目を覚ます。もしも寝ぼけてスマホのアラームを止めてしまったとしても、まったく問題はない。五分後に再びアラームが鳴ったときには、スマホの時刻表示のほうが八時ちょうどに合わせてくれるからである。

 もちろん世界の標準時までが僕に合わせてくれるわけではないので遅刻はするが、会社に到着するまで遅刻に気づかなくて済むというのは、無駄なドキドキがなくて良いものだ。

 ようやくアラームに反応して目を開けると、その動きに連動して自動的にまつげが立ち上がる。同じく鼻毛も真っすぐに屹立して、僕は戦闘態勢に入る。いわゆる「朝立ち」というやつである。

 ベッドから起き上がり洗面所へ一歩足を踏みだすと、床に置いてあったスリッパが勝手に足に吸いついてくる。そしてそのスリッパは、必ず適温にあたためられている。これは近ごろ話題の「藤吉郎」という機能である。

 洗面所へ到着すると、自動的に噴霧されるミストが包み込んで顔全体を綺麗にしてくれる――というようなことはなく、玄関にあるシステムが作動して革靴が自動的に磨かれる。

 これは僕が自分の顔面よりも革靴の光沢を重視しているからであり、必要とあらば両方を自動化することもできるが、そこは予算の問題もあって。

 結果、二十一世紀と変わらぬ方法で普通に顔を洗った僕は、洗面台の脇に掛けられたタオルで顔を拭くが、このタオルは拭き終えると自動的に裏返る仕組みになっている。

「いつも乾いた面で拭いてもらえるように」との心遣いが見える親切な機能だが、反面、濡れた面が空気に触れにくい裏側へとまわるため、乾きにくく衛生面の不安が拭えない、という致命的な欠点もある。

 洗顔を終えて食卓につくと、起床と同時に作動していた全自動調理システムにより、自動的に食事が供与される。そのメニューは無限にあるが、やはり当方の予算による原材料費の問題と、毎食ごとに好みを小うるさく伝えてきた結果、ほとんど毎食同じメニューしか出てこなくなってしまった。

 少しでも残したメニューは二度と作らなくなるため、再びメニューのバリエーションを確保するためにはすべてを残さず食べる必要がある。だがそのためには、デジタルでしか発想しようのない、トリッキーな組み合わせの料理を、毎度我慢して完食しなければならない。

 教育には我慢が必要だということをつくづく学ばされるが、そうなると我慢の量が多すぎて、僕はいまのところ同じ料理ばかり食べるほうを選んでいる。

 飽き飽きした食事を終えると、食器類は自動的に洗われるがそこそこ割れる。しかし割れた食器を処理するのは自動となっているから、割れることはあらかじめ計算に入っているということになる。そこは自動でなくていいので、割れないような洗いかたを追求することのほうに、予算を掛けてほしかったと思う。

 クローゼットの前に背を向けて立つと、その扉が開いて自動的にシャツとスーツを着せられ、ネクタイまで器用に締めてくれる。

 そのどれもが生あたたかいのは、僕が望んで導入した機能ではなく、スリッパをあたためる「藤吉郎」システムに抱きあわせでついてきた機能であるから仕方ない。これを解除すると、「藤吉郎」自体がこの家からいなくなってしまう。

 と、ここまで準備したあたりで、僕は突然会社に行きたくなくなる。すると何もしなくても、その気分を察知したスマホが自動的に会社の上司のメールアドレスへ、欠勤の言い訳メールをでっちあげていち早く送信してくれている。

 それから数分もしないうちに、上司から繰り返し着信がある。何度か無視した末におそるおそる出てみると、上司からいきなりクビを宣告される。いったい僕のスマホは、どんな無茶な欠勤の言い訳を送信したのだろう?

 とはいえ上司からの電話も自動……というか上司が機械なので、これ以上の詮索は無意味なのだけれど。


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