泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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悪戯短篇小説「文字通り」

 ここは県内きっての目抜き通り、その名も「文字通り」。文字通りというからには、その名の通り文字通りの店が並ぶ。看板に偽りなしとはまさにこのことである。

 駅を出て、「文字通り」と書かれたアーチを抜けたすぐ右手にあるのは、「靴屋」という看板の掲げられた靴屋。だがこの靴屋に入店した客はもれなく、この店でまともに歩ける靴を購入するのは不可能だと思い知らされる。店頭に並ぶすべての革靴から、キレイに靴紐が取り払われている。口髭の両サイドを頑固そうに撥ね上げた店主に私は問う。

「なぜ靴紐がないんですか?」
「靴紐は靴ではないからだよ。ウチは靴を売る靴屋であって、靴紐屋ではないんでね」

 それどころか靴底もない。靴ではないからだと言うのだろう。当然ベロの部分もなく、革靴の本体、つまりアッパーの部分だけがぎこちなく並んでいる。そこの部分だけが靴と呼ばれる資格を有しているのだと主張するように。私は念のため店主に訊いた。

「ここの部分って、『アッパー』って呼ぶんですよね」
「そんなはずはない。じゃあいったいどこが『靴』なんだ?」
「いやどこも靴は靴ですけど、ここの足の甲を包むところはアッパーというんです」 
「馬鹿な! だとしたらウチは靴屋じゃなくて『アッパー屋』じゃあないか! そんな頭の悪そうな響きの店なんて嫌だ嫌だ」

 そんな靴屋改めアッパー屋の向かいには、文字通り焼いた肉しか出てこない焼肉屋が煙を放っている。ライスやつけあわせの野菜はもちろん、タレもなければ塩もない。いっそ目の前の靴屋に置いてある革靴のアッパーに、市販のタレをつけて食ったほうが美味いんじゃないかともっぱらの評判である。

 焼肉屋の隣には携帯ショップがあるが、残念ながら店の中には入れない。安易に「携帯ショップ」と名づけてしまったがゆえに、物理的に携帯可能なものはすべて売らなければならなくなってしまい、店内があらゆる商品で埋め尽くされているからである。箸もスマホも洗濯ばさみも焼き海苔も、手に持てる物ならばなんでも置いてあるというか積もっているというか埋もれているが、そのせいで入口が開かないのでなんにも買えない。

 携帯ショップ正面のビル一階には、ピンクのネオンが光るスナックがある。もちろんスナック菓子しか出てこないので、客はみな指がベトベトで喉はカラカラである。水や酒やおしぼりを持ち込んだ客には、容赦なく出入り禁止の処分が下される。それでも言うことを聞かない場合には、四、五人の用心棒がどこからともなく出現し、路地裏に連れ込まれ大量のスナック菓子を投げつけられるという。ある種の食べ放題である。

 スナックの入っているビルの二階にある美容院には、今日も血みどろの患者がせっせと担ぎ込まれる。看板を作る際、漢字だと高価になるからという理由で「びよういん」とひらがなにしたせいだろう。相手がどんな重傷患者であっても、精魂込めてじっくりと、充分に時間をかけて理想の髪型に仕上げて帰すのがこの美容院のモットーだ。それが結果的に死に化粧となることも少なくないので、手を抜くことは絶対に許されない。

 その先には、消しゴムと防腐剤を売っている消防署、大便や小便を全国へ配達する郵便局、便秘持ちには有難いと評判のよく当たる弁当屋などが建ち並び、通りの最後にはダミ声をこれみよがしに響かせる八百屋が待ち受けている。

 だが八百屋の店頭には商品など何もない。八百屋では、嘘八百を八百円で売っている。

 という嘘八百も、文字通りこの八百屋で八百円出して買ったものである。

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