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短篇小説「風が吹けば桶屋が儲かるチャレンジ route 1」

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 一陣の風が、吹いた。はたして桶屋は儲かるだろうか。

 駅前の大通りを通り抜けた風が、路上に落ちていたコンビニ袋を舞い上げた。宙を舞ったコンビニ袋が、直進してきた八百屋の軽トラックのフロントガラスに貼りつき、その視界を奪う。八百屋の軽トラは急ブレーキを踏んだが、その急停止のせいで、後方から大型トラックに追突される。その衝撃で軽トラの荷台に積み込まれていたダンボールの蓋が次々と開き、大量のリンゴが路上へとばら撒かれた。

 そこを通りかかった親切なお婆さんが、きんちゃく袋かららくらくホンを取り出しすぐに警察と救急車を呼んだ。お婆さんと集まってきた野次馬たちは、心配気に状況を見守りつつも、手持ち無沙汰からか落ちていた大量のリンゴを拾い集めはじめる。そしてひしゃげた軽トラの荷台から、まだ使えそうなダンボールをなんとか見つけてリンゴを戻してやった。どちらの運転手にも、命に別条はなかった。

 実況見分を終えて店に戻った八百屋は、痛む体にむち打って荷台のリンゴをそそくさと店頭へ並べた。翌朝早く、開店前の八百屋は二人組の刑事に叩き起こされた。その中のひとつを買ったお客さんのひとりが、リンゴを食べて毒死したという。

 聞くところによると、死んだのは前日リンゴを拾ってくれたあのお婆さんであった。お婆さんは事故の数時間後、八百屋のことをひどく心配している様子で、警察に住所を尋ねてまでわざわざ隣町の八百屋を訪ねると、親切にもリンゴを買って帰ったのだった。

 鑑識が調べたところ、八百屋の軽トラの荷台にあった数百個のリンゴのうち、毒が入っていたのはお婆さんが食べたたったひとつであることが判明した。ここで一転、お婆さんの自作自演による自殺説が、若手刑事の提案により持ちあがることになる。だがそれを決定づける証拠も遺書もなく、特定には至らなかった。

 八百屋はしばし様子見を続けたのち、事故で負ったむち打ちの症状が完治したタイミングで営業を再開したが、すっかり悪い噂が広まっていたためか客足は遠のいた。八百屋は取り調べで無実を主張し続けたが、疑いが完全に晴れたわけではなかった。

 八百屋はこれを機に既存のやりかたを何か大きく変えることで、改めて商品の安全性をアピールする必要があると考えていた。ピンチをチャンスに変えたいと強く願った。

 そこへある日、ひとりの年老いたセールスマンが訊ねてきた。セールスマンは明らかに定年を過ぎているように見えたが、現役をアピールするようにくたびれたスーツに身を包んでいた。

「このたびはいろいろと、大変だったでしょう」

 セールスマンは、まずはじめに八百屋を思いやる言葉をかけた。彼は八百屋が起こした事故について、かなり詳しく知っているようだった。八百屋も心を開いて、事故の状況を丁寧に説明した。

「そうなると、問題は無防備な輸送方法にあったのではないでしょうか?」

 セールスマンはセールスマンらしく、さっそく具体的な話に入っていった。

「たくさんのリンゴをダンボールに詰めて運ぶという程度のセキュリティでは、いつどこで毒リンゴが混ぜ込まれてもおかしくはありません。まずは個別舗装。そしてその個々のケースには、頑丈なセキュリティ・システムが必要であるのは言うまでもありません。いま求められているのは、そんな現代、そして次世代をも睨んだ世界基準の危機管理能力というやつですよ。それは八百屋様とて、まったく例外ではありません」

 そして翌日から八百屋の軽トラには、ちょうど果実一個分のサイズに設計され、個別に電子錠までついたひのきの桶へと収められたリンゴが無数に積み込まれることとなった。桶はリンゴの数だけ必要になった。

 老いたセールスマンが本当は代々続く桶屋の主人であり、かつ毒リンゴを食べて死んだお婆さんの夫であるという事実には、まだ警察の捜査は及んでいない。事故の直前に、お婆さんがコンビニへ立ち寄っている姿も、防犯カメラにはしっかり捉えられているのだが。

 なにはともあれ、おかげで桶屋は大いに儲かったという。


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