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泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

悪戯短篇小説「恋は瀕死」

健壱は桜子のことが死ぬほど好きだったが桜子は健壱のことが死ぬほど嫌いだった。それは健壱が桜子に、「君のことが死ぬほど好きだ」と決死の覚悟で告白したからだ。

その言葉を聴いた桜子は、本当に「死ぬほど好き」ならばいっそ死んでくれ、と声を殺して呟いた。「死ぬほど好き」ということは実際には死んでいないわけで、ということは「死なない程度に好き」というだけのことなのでは?と思いはじめたらいつの間にか健壱のことが死ぬほど嫌いになっていた。ただし死なない程度に。

俳優(死体役)志望の健壱は、毎日枯れた木の皮をめくるアルバイトを死んだ目でこなしていたが、それでも死ぬよりはマシだと感じていた。桜子は死にかけの人間を助ける仕事、つまりナースだった。死に損ないの婦長がとても厳しかったため、白衣が真っ黒になるまで死にもの狂いで働かされた。何がどうして白いものが黒くなるのかは、きっと死ぬまでわからないだろう。

そこへ患者として運ばれてきたのが健壱だった。診察台の上の健壱は、担当医師の質問に対し終始、「木の皮をめくっていたら自分ごとめくってしまった」の一点張り。医師は、「こりゃ死ななきゃ治らんな」とあきれ顔で担当ナースの桜子に冗談めかした視線を投げかけたが、なぜかその言葉に一番笑っているのは重傷患者の健壱だった。桜子は幸福な死体のような笑顔を浮かべながら、白衣が黒ずんでゆくのを感じた。健壱のひと目惚れだった。

健壱の傷は驚くべき速度で悪化した。そして生命の危機を迎えたときに、例の告白は行われたのであった。好きかどうかは別にして、健壱は間違いなくそのとき「死ぬほど」の何かではあった。

だがそういう問題ではない。にんじんが死ぬほど嫌いな子供は、いくら大好きなハンバーグに細かく刻んで入れ込まれたとしても、にんじんを食べるくらいなら死んだほうがマシだと思っているのだ。情状酌量の余地はない。

桜子は健壱が死ぬほど嫌いだった。ただし死なない程度に。

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