読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

スマホヘアー

コラム

スマホを見ながら歩こうなんて、思い上がりも甚だしい。そもそも人間はそのような能力を、標準装備していない。もしそんな能力を持ち合わせているとしたら、そいつは人間ではない。何かの初号機とかだろう。

街を歩いていると、手元のスマホに視界を奪われた無数の人間が、正面からグイグイぶつかってくる。さらに奴らは突拍子もないタイミングで立ち止まり、無意識に通せんぼをかましてくる。いまや我々は、すれ違う相手の視野がこちらにないことを予測して歩かなければならないのである。どこもかしこもスラローム

これはつまり「二足歩行がロクにできない人間が増加している」ということであって、人類としての大きな退化と言える。だがもしかしたら、こういう退化を補うように、何かしら別の進化が生まれるものなのかもしれない。では未来人「スマホを見ながら歩ける人」になるためには、新たにどのような能力が我々に必要なのか。

まず求められるのは、「上下左右遠近離れた二箇所の点を同時に把握・認識する能力」である。要は手元の画面と正面の視野を同時に確保・認識できれば、スマホを見ながらの歩行は可能である。

人間として現在の形状を保つのであれば、左右の目を別々に動くようにした上で、それぞれの視野に入ったものを別個のものとして認識できる脳があれば良い。あるいは二つの目で一つの視野しか捉えられぬとしても、その視野をできるだけ広く確保し、対象を多焦点で同時に認識できる能力があれば問題はない。

もちろん、単純に「目の数を増やす」という選択肢もあるが、いくら増やしても、それぞれの視覚が捉えた物を別々に認識できる回路を脳の側で持っていなければ意味はない。

そしていま一つ考え得る人類の進化の方向は、「虫に近づく」というベクトルである。この進化はまず、「視覚はもうスマホに奪われてしまった」という強烈な諦念から始まる。その絶望を認めることで初めて、おそらく人間は視覚とはまったく別の、新たな能力を開花させることができるだろう。

それがつまり「触角」である。我々の頭からはやがて昆虫のごとき「触角」がニョッキリと生え、その先端の感覚で方向や距離を把握することになる。「スマホを見ながら歩くと虫になる」という諺が、我が子のスマホ中毒に悩む主婦の間ですでに流行りはじめているという噂もある。

つまり遠からず、リーゼントが大流行するということである。

広告を非表示にする
Copyright © 2008 泣きながら一気に書きました All Rights Reserved.