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泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

悩ましき文芸漫談〜後藤明生「挟み撃ち」〜

今日はいとうせいこう×奥泉光の「文芸漫談」に行った。今回のテーマ作品は後藤明生の「挟み撃ち」。これまで取り上げられた中で最もマイナーな作品だが、見事に満席でいとうせいこうも驚いていた。

今回はいつになくいとうせいこうが熱く語っていたのが新鮮だった。いつもは的確なツッコミ役に回ることの多い彼が、今日は珍しく前のめり。後藤明生は、それだけ思い入れの強い作家らしい。
「『ごとうめいせい』と『いとうせいこう』で、名前の響きも奇跡的に近いので襲名します」と、まさかの襲名宣言も。

どこがそんなに好きかというと、何よりもその「物語性のなさ」だという。ちゃんとしたストーリー小説「ノーライフキング」でデビューし、テレビでは「未来日記」という物語性満点の企画をヒットさせた彼の口からそんな言葉が出るとは、正直意外だった。しかし彼の普段の語り口や考え方を聞いていると、なんとなく納得はいく。

いつも彼には、どこかしら「話が変わることを恐れない強さ」のようなものを感じている。別に結論に向かわなくとも、面白くなるならば脱線大いに結構、という姿勢。司会者を務めているときの彼は非常に的確な仕切りを見せるが、時に面白げな脱線発言を積極的に広げる場面も多い。なによりも、あの「脱線王」みうらじゅんの相手を長年務めていることからも、彼の好みは見て取れる。

「僕らが若い頃は、評論家や作家たちの間にも、『物語なんてないほうがいい』という風潮がわりとあった。でも最近は、そういうふうに言っていた人たちも、いつの間にやら『とはいえ物語は必要だ』というような論調になってきていて、すっかり肩身が狭い」
というようなことを、いとうせいこうは言っていた。たしかに、実話までも過剰に物語化して語る今の風潮は、そうとう気持ちが悪いと思う。

後藤明生の書く小説は、驚くほどストーリー性に乏しい。だが物語がまったくないと、小説はエッセイになってしまう。いやエッセイにも多少の物語性は含まれている場合が多いから、エッセイでもないのかもしれない。

だから彼の小説にも、乏しいとはいえ、いちおう物語の柱的なもの設置されている。「挟み撃ち」でいえば、「むかし着ていた外套を探す」というのが全体の柱となっている。だがそこで、「なんだ、ちゃんと大黒柱があるじゃないの」と思って油断してもたれかかったりしたらあら大変。その柱には、実のところふ菓子程度の強度しかない。だってその外套を探す理由が、「ある朝突然思い出したから」というだけなのだから。こんな適当な思いつきを、動機と呼べるだろうか? 外套が見つかったからといって、何がどうなるわけでもない。物語を牽引する力など、まったくないと言ってもいい。

「この小説、基本的にすべてが突然で、丁寧に積み上げていくような展開がまるでない。唐突に全然違う話になっていたり、いつの間にか戻っていたり。いま現在の話から、何の説明もなく過去の話に飛んでいたりもする。でもその突然の連続が細い細い糸でゆるくつながっているようなつながっていないような感じで、いつの間にか元の話に戻っていたりするのが凄い。かといってすべて計算ずくでやっているかというと、そういう綿密さは感じられない。つまりは所々で偶然の奇跡が頻繁に起きているわけで、そういう意味で綱渡りのような小説だ」
いとうせいこうはこの小説の魅力を、そんな風に説明した。僕自身の解釈も混じっているので、まったく正確ではないが、内容はほぼ間違いないと思う。

いざ物語を作るとなった場合、普通は突然や偶然をなるべく無くす努力を払うものだ。「行動や展開にいかに必然性を持たせるか」が最重要テーマであって、自然な流れを作るために微調整を繰り返す。主人公が突拍子もない行動を取るには、それだけの強い動機と性格的な裏付けを事前に見せておかなければならない。ということになっている。別に誰が決めたわけでもないのだろうが、そのほうが親切なのはなんとなくわかる。そういう意味では、突然が連続する後藤明生の小説は、ひどく不親切だ。しかも劇的な突然ではなく、本当にどうでもいいちっぽけな突然ばかりなのだから。

だがその突然の連続に、普通の小説にはないある種のスリルを感じ、面白いと思ってしまうのはなぜなのか? そこには明確なリアリティがあって、突然であり偶然なはずなのに、なぜか読み進めていくうち、そこに必然性を感じてしまうのはなぜなのか?

そこらへんを考えながら、「挟み撃ち」を再読してみたいと思う。幸いなことに内容はもうほとんど忘れているから、新鮮な気持ちで楽しめる。「ストーリーが記憶に残る小説」よりも、「中身をすっかり忘れてしまっているが、面白いという記憶だけが残っている小説」のほうが、優れた小説であるように思う。カフカに代表されるような。

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