泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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時事コント「まさかり問答」

空港の保安検査場。ひとりの男が、セキュリティゲートを通過する。

金属探知機「ピーッ!」
保安検査員A「ちょっと失礼します。なにか金属製のものはお持ちですか?」
男「特にないよ……あ、もしかしてベルトかな?」

男、再びセキュリティゲートを通過。

金属探知機「ピーッ!」
男「もう何もないぞ。機械の故障じゃないのか?」
保安検査員A「いえ、そんなはずは……」

保安検査員Aの上司らしき男が、異変を察して近づいてくる。

保安検査員B「どうしたの?」
保安検査員A「こちらのお客様が、どうしても鳴るもので……」
保安検査員B「あの、失礼ですがお客様は、もしかしてあの有名な……」

保安検査員Bが、右手のスナップを利かせて投げるポーズをして見せる。

男「ああ、まあそうなんだが」
保安検査員B「ほら、あの『まさかり投法』で有名な」
保安検査員A「なんですか、それ」
保安検査員B「野球だよ、野球。凄いんだよ、投げかたが」
男「ちょっと、急いでるんだがね」

男、明らかにいらついている様子。

保安検査員B「あぁ、失礼しました。お会いできて光栄です! ほらキミ、あとはしっかりやんなさい。ではわたしはこれで……」

保安検査員B、その場をあとにする。

保安検査員A「えーっと、まさかり……お持ちなんですか? 金属ですよね?」
男「いやいや、持ってるもんかね。私の投げかたが、そう呼ばれてるんだよ」
保安検査員A「では、その金属的な投げかたをお持ちということで?」
男「持ってるも何も、私のフォームなわけだから」
保安検査員A「では、出してもらっていいですか?」
男「出す? 何を?」
保安検査員A「もちろんまさかりを、です」
男「だから、持ってないんだよ」
保安検査員A「でもいま、たしかに持ってる感じを出されていたので」
男「だから、そういうフォームをね。持ってるというか、それが私なんだよ」
保安検査員A「つまりあなたご自身が、まさかりであると?」
男「君はバカにしてるのか? 私はひとりの人間であり投手であって、まさかりじゃない」
保安検査員A「ではあなたはいったい、まさかりのなんなのです?」
男「なんでもないよ。まさかりは私の、投げかたなんだよ」
保安検査員A「それって、結局金属ですよね?」
男「いやまさかりは金属かもしれんが、私の投げかたに、金属もなにもないよ。投げるのは、革のボールだし」
保安検査員A「投げないんですか、まさかり」
男「投げるわけないだろ。そんなもの、誰が打てる?」
保安検査員A「まさかりを投げるから、誰も打てないのかと」
男「打てないのは私の球だよ。特にフォークはな」

男、右手を前に突き出して、人さし指と中指の股をぐっと広げて見せる。

保安検査員A「フォーク? それも金属ですよね? 出してください」
男「フォークといっても、フォークボールだよ。変化球の一種だ」
保安検査員A「フォークなのにボール? それってとんちでしょうか?」
男「いや、急いでるって言ってるだろ。とんちなんか仕掛けてる暇ないんだよ」
保安検査員A「ならとっとと、まさかりとフォークを出してくださいよ。そうすればきっと通れますよ」
男「だから、どっちも持ってないんだよ。いやフォークは持ち球ではあるが、だからって持ち歩くもんじゃない」
保安検査員A「持ち歩いてないのに持ち球とは、これもとんちですか?」
男「もうどっちでも構わんよ。とにかく、どうすれば通れるのかね?」
保安検査員A「こういうときは、素直になればいいんですよ。つまり金属類を、すべてこのトレイの上に出して
さえ下されば」

男、しばし考えたすえに、右手のチョキを限界まで開きつつ、大きく振りかぶる。そこから、背負った斧を差し出されたトレイへ叩きつけるように、まさかり投法のシャドーピッチングを披露。

保安検査員A「では、いま一度お通りください」

男、三度目のセキュリティゲートを通過。

金属探知機「……(無音)」
保安検査員A「よい空の旅を!」


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