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不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

短篇小説「ワンオペ村」

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 同期一の出世頭と目されていた業田作一郎が、ある日仕事で重大なミスを犯した。彼はその責任を負わされて、このたび離島のワンオペ村へ飛ばされることになった。ワンオペ村はその名のとおり、何から何までワンオペでおこなわれると評判の村である。彼は転勤前から、その噂に戦々恐々としていた。何から何までというのが、どこからどこまでなのかがさっぱりわからなかったからだ。

 転勤先のワンオペ村支店に出社する当日の朝から、作一郎はさっそくワンオペの洗礼を受けることになった。この村では、まず新居である自宅マンションの部屋を出る際に、玄関ドアを閉める動作と施錠を、なんと分業ではなくワンオペでおこなわなければならない仕様になっていたのだ。

 さらに言えばその施錠の際にも、鍵をシリンダーに差し入れるのと、その上でひねり回す動作を、やはりワンオペでこなす必要があった。それはこれまでの彼には考えられないことであった。あまりの作業量に、脳がオーバーヒートしてゆくのを感じた。

 作一郎が最寄り駅へたどり着いても、ワンオペの波が止むことはなかった。彼は自動改札に定期券をタッチすると同時に、ワンオペで前に歩みを進めなければならなかった。しかも左足を前に踏み出すと同時に、右足を後ろに蹴るという動作をもワンオペでおこなう必要があった。もちろん、それには腕を前後に振るという動作も加わった。周囲の人々の動きを念入りに観察したところ、驚くべきことにこの村では、そうしなければ自動改札を通り抜けることができないらしかった。

 電車に乗る際にも、また乗り込んだのちにも様々なワンオペが彼を待ち受けていたが、それらをいちいち表記していたらきりがない。作一郎はつり革を摑むのと二本足で立つ作業をワンオペでこなさなければならず、またそれと同時に中吊り広告に目を遣ったり、新たに人が乗り込んでくると持っているつり革を手放し、奥へ詰めてまた別のつり革へつかまるといった一連の動作を、すべてワンオペで遂行しなければならなかった。おかげで彼はまだ会社にたどり着いてもいないというのに、すでにへとへとに疲れ切っていた。

 そうして三十分ほど乗車したのち、ようやく会社のある駅へ到着すると、作一郎はやはり乗車時と同様の複雑なワンオペ動作をなんとかこなして、自動改札を突破することに成功した。

 彼が務めるのは国際的な一流企業であるため、離島とはいえその支店は立派なオフィスビルの最上階にあった。彼はまずビル入口の自動ドアの前で一旦停止すると、ドアが開くのをしっかり待ってから建物の中に足を踏み入れ、同時にビルから出てくる面々とぶつからないように気をつけて歩くという込みいった動作を、すべてワンオペでおこなった。

 だがここでいったんエレベーターに乗り込んでしまえば、少なくともその中にいるあいだだけは、このワンオペ地獄から解放されたのかもしれなかった。運悪く操作パネルの前にでも立たない限り、誰かがボタンを操作してくれるに違いないからだ。飛ばされてきたとはいえ、彼はこの支店に支店長として赴任してきたのであるから、きっと誰かがそれなりに気を遣って操作してくれるものと思われた。

 しかしエレベーターのドアには、ご丁寧にも「調整中」との貼り紙があり、作一郎は代わりにエスカレーターでオフィスのある十一階まで上がらなければならなかった。そこではもちろん、動き続けるステップを的確に見極め、タイミングを測り、まず左足を乗せ、手すりを摑み、そして右足を揃えるといった一連の動作を、やはりワンオペでこなさなければならなかった。しかもそれを十一階分も繰り返さなければならないとなれば、これはまさしく地獄への道であった。なんと大変な村に来てしまったのだろうかと、このとき作一郎は改めて思ったのだった。

 そしてほうほうのていでオフィスのあるフロアーへとたどり着くと、新しい支店長である彼は、四方八方から浴びせられる「はじめまして」だの「おはようございます」だの「よろしくお願いします」だのといった挨拶の嵐に、右足と左足を交互に進めながら、いちいちワンオペで応えなければならないのだった。

 そうして荒波の中を突き進んできた作一郎は、やっとのことでオフィス最奥部にある支店長室の扉を見出した。だがゴール(正確にはスタート地点と言ってもいいのだが)へと到着する一歩手前で、彼はそれまでに課されてきた数多のワンオペによる過労から、ドサッと床に倒れ伏してしまったのであった。

 ならば彼はこれまでどうやって毎日本社に通い、いったいどのように生きてきたのか。後日その倒れた原因を耳にした誰もが、それを疑問に思わざるを得なかった。ワンオペ村の住人らにとって、彼がその日こなしてきたワンオペは、特に珍しいものではなかったからだ。

 そして彼らは初めて思った。この村以外の土地において、いったい人間は、どのように生活しているのだろうか、と。

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