泣きながら一気に書きました

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短篇小説「連&動」

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 膝五郎が街でたい焼きを食べ歩いている。いや正確には究極のたい焼きを求めて何軒もまわっているというわけではなく、単に歩きながら手近な一匹を食べているだけなので「歩き食べている」と言ったほうがいい。日本語の複合動詞では、後に来る動詞のほうが主役になるという法則があるらしい。

 膝五郎はたい焼きを歩きながら食べるものだと思っているので、それを立ち止まって食べる、つまり「止まり食べる」ことなどけっしてあり得ない。もちろん「座り食べる」こともない。

 それでいうと、「座り止まり食べる」ことが最も可能性が低いということになる。一方で「座り歩き食べる」ことならば、かなり下半身に負荷がかかることが予想されるが完全にないとは言いきれない。なにしろ歩き食べていることに違いはないのだから。

 そもそも膝五郎がたい焼きを食べようと思ったのは、昨日会社近くのトレーニングジムで偶然会った上司に、「そういや、最近たい焼きとか食ってねぇなあ」と泳ぎ言われたからだ。

 プールですれ違いざまに、息継ぎのため互いに横を向いて目が合ったタイミングで突如そう言われた膝五郎はそのとき、「やはりたい焼きの話は、泳ぎながら言われると食べたくなるものだな。魚だけに」と自然に泳ぎ思えたのだった。

 地元の商店街でたい焼きを歩き食べている膝五郎の脇を、近所の高校生らしき自転車通学の集団が走り抜けてゆく。とはいえさほど真剣に踏み漕いでいるわけでもない。彼らはペダルをくるくると踏み遊びつつ、唾を喋り飛ばしたり車体をじゃれ当てたりしながらちんたらよろけ進んでいる。

 いったん前には出たものの、なかなか遠ざかることのないその男子集団をなんとはなしに観察しながらたい焼きを歩き食べていると、その中のひとりが自分と同じくたい焼きを食べていることに膝五郎はふと気づく。正確に言えば彼は自転車に乗っているので食べ走っているのだが、走るというほどしっかり走っている状態ではないので食べよろけているとか食べふらついていると言ったほうが近い。

 そして膝五郎はなぜか、そのたい焼きを食べよろけている高校生らしき青年が、昨日自分にたい焼きの話題を泳ぎ振ってきた上司の息子であると確信する。

 膝五郎は歩き食べる歩を早めた。そうなるともはや食べることよりも歩くことのほうがメインになってくるから、主従を逆転させて「食べ歩く」と表現するほうがいよいよ良いのかもしれない。 

 ときに足を地に着けながらだらだらと進む集団の脇に歩き出るのは容易な話だった。そのとき膝五郎はまだたい焼きを食べ終えてはいなかったから、食べ歩き出ると言ったほうが正しいかもしれない。青年らの自転車からは、不意にブレーキを握り鳴らしたりタイヤをぶつけ擦ったりする不毛な音が周囲にこぼれ響いていた。

 いよいよ膝五郎は自転車集団の脇へ並び躍り出ると、首と目玉を真横へと鋭くねじり回し、集団の真ん中でたい焼きをくわえていた青年へと視線を歩き投げる。すると同じくたい焼きをくわえた青年のほうも、サドルの上から膝五郎のほうへ目線をねじり投げてくる。

 そうして二人の視線が合致すると同時に、どちらもたい焼きをしっぽのほうから追い食べる主義であったおかげで、互いの口の端からはみ出しているたい焼きの目と目までが見つめ合う形となり、やはりこの青年は上司の息子に違いないと、膝五郎は確信を食べ深めるに至ったのであった。

 もしもこのうえで上司がたい焼きを頭から食べる主義であったとしたら、膝五郎は彼をけっして食べ許さないだろう。


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