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【考察】城本クリニックのCMの女性は、なぜあんなに転げまわっているのか?

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CMというのはよくわからないもので、時にその難解さは哲学や純文学をも超える。単に何も考えずフィーリングで撮影しているだけなのかもしれないが、それにしたって無意味ほど難解なものはない。

たとえば長年に渡って流れ続けている『城本クリニック』のこのCM。ただただ若い女性が絨毯の上を転げまわり、その背中から電話番号が吐き出されるという謎のシステム。あるいはこの女性は、電話番号から執拗に追いかけられているようにも見えるが、それにしては楽しそうだ。

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これがもし、ペルシャ絨毯のCMならば話は早い。「その上を転がりたくなるような、気持ちの良い絨毯であることを表現」CM企画書の「企画意図」の欄には、おそらくそのような文字が躍っていることだろう。

もしくはそんな絨毯に溜まりがちなほこりを取り除くために使用する、いわゆる「コロコロ」のCM。だとすると転げまわる女性のピンクセーターに、ほこりがビッシリひっついている映像のアップも欲しいところだ。

回転動作をさらに重視するのならば、タイヤのCMという選択肢もある。「転がりの良いタイヤを擬人化して表現」――しかしタイヤ役をやるならば、もっと角刈りのマッチョマンとか、そういう力強さが目に見える人のほうがふさわしいような気もする。

あるいは「回転による身体的影響」といったあたりまで発想を飛ばしてみれば、酔い止め薬のCMという可能性も。「こんなにグルグルしても、酔わずに笑顔でいられるわたし」――そう考えてみると最後のアップで女性が片耳を露わにしているのも、頑丈な三半規管を見せつけているように感じられるというもの。

しかしこれはもちろんそのどれでもなく、れっきとした美容外科のCMなのである。ならばこのCMは、いったい美容外科の何をアピールしているというのか。

このように全体の意味が不明瞭な場合は、問題を個別に切り分けて考える必要がある。考える必要があればの話だが。

たとえばそのキャスティング。美しい女性と美容外科の親和性は、当然高い。つまりこの時点では、意味はむしろ明確であり、不思議なところは何もない。至極常識的かつ、妥当な人選であると言える。

そして画面に電話番号を表示するという演出。これも肝心な情報を提供しているという意味で、むしろ宣伝としてはストレートすぎる内容と言えるだろう。

ここまで来ると、問題は自動的に絞られてくる。そう、女性の「転げまわる」という動作だけが異様なのである。さらに言えば、その背中から電話番号が弾き出されるという演出も特異ではあるのだが、これは転げまわる動作に付随する要素と考えられるため、やはり根本的におかしいのは「転げまわる」という動作の一点にあると言っていい。

ここにはCM上の演出と伝えたい事実とのあいだに大いなるねじれがあり、だからこそこのCMは万人の印象に残っているとも言える。一方でまた、さらっと変拍子を効かせた曲の印象も強く、その楽曲のねじれ具合とCM全体のねじれ具合が、意図的に通じあっているようにも思えてくる。

たとえば「転がる」という言葉から僕が連想するのは、かのボブ・ディランの名曲「ライク・ア・ローリング・ストーン」という曲名だったりする。

だがその歌詞の内容は、没落してゆく上流階級の女性を歌ったものであり、このCMが伝えるべきイメージとは真逆ですらあると言える。

しかし石のように転がっているというのなら、このCMの女性のように、いっそ転がり続けてみたらどうなるか?

転がるあいだには、うつ伏せになることもあれば横向きになることも、そして再び仰向けになることもある。すなわち転がるからといってそれは転落とは限らず、転がることによって上向きになる瞬間も訪れるということだ。そして転がっているうちに、石であれ人であれ、研磨されて徐々に姿を変えてゆくことになるのかもしれない。

つまりこの女性の「転げまわり」は、「変化」や「変革」を表しているのではないか。あるいはその先に待つ「輪廻転生」をも。美容外科がもし「生まれ変わり」をメッセージとして掲げるというのなら、これは至極ふさわしい演出であるようにも思われる。

だからといって、何がどうなるというのか。まったく考える必要のないことを考えはじめて、誰の得にもならない、しかしなんとなく深みのようなものだけは漂っていそうな、それでいてわりとありがちなような気もする結論に達してしまった。

しかしこうやって無闇に理屈を転がし続けてそれっぽい結論を導き出すことが、この文章の本来の目的でもあった。そうではないがそうなのかもしれない。そう、まさにこのCMがそうであるように。


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