むかしむかし、北の国の山奥に、とある老夫婦が住んでいた。ひどく雪の多い冬だった。
ある日、お爺さんはたまの晴れ間を縫うように、森へエロ本を拾いに出かけた。山道の脇に、よく落ちているのだった。お婆さんには「柴刈りに行く」と嘘をついて出てきた。夫婦関係はすでに冷え切っていた。
深い雪の中を進んでゆくお爺さんのモチベーションは高かった。読み終えたエロ本は、街の古本屋へ持っていけば高値で売れた。そういう時代だったのだ。どういう時代だったんだろう。
しかしここ最近の大雪は、エロ本だけでなく何もかもを埋め尽くしてしまっているように思われた。お爺さんはスコップで雪を掻きわけつつ進んだが、いっこうに獲物は見あたらなかった。
そうやって森の奥へ奥へと歩いていると、お爺さんはさっきからずっと鳥の鳴く声がしていることに気づいた。それはどこかしら悲痛なトーンを持つ鳴き声であった。ここは「鳴き声」というよりは「泣き声」と表記すべきかもしれない。
お爺さんが声の聞こえるほうへ歩みを進めてゆくと、雪の中でもがき苦しんでいる白く美しい鶴の姿が目に入った。鶴は細い足を、錆びついた金属製の罠に挟まれて身動きできずにいるのだった。
そこでお爺さんがむかし取った杵柄というかなんというか、持っていた針金一本で巧みに罠をはずしてやると、鶴は妙に丁寧なお辞儀をして飛び去っていった。お爺さんは、かつて都会のこそ泥として名を馳せていた。帰り道に、路傍で抜群に卑猥なエロ本を一冊見つけて持ち帰った。
その日の夜、再び激しく雪が降りはじめた。老夫婦がいろりを囲んで無言の夕食をとっていると、とつぜん山小屋の扉を叩く音が響き渡った。お爺さんが箸を置き、拾ってきたエロ本を閉じて扉を開けると、そこにはこんな山奥にはいるはずもない美しい女が立っていた。
女は山道に迷ってしまったので、ひと晩泊めてほしいという。老夫婦は、この大雪の中をこれ以上歩き続けては死んでしまうと思い、女を泊めてやることにした。
その日から、女はまるで実の娘のごとく老夫婦によく馴染み、おかげで冷めていた夫婦仲もすっかり回復していった。女は特にお爺さんのエロ本拾いを手伝って、驚異的な成果を挙げた。
するとある日、女はお爺さんに、「私が拾ってきたエロ本の売り上げの一部をつかって、大工道具一式を買ってきてはもらえませんか?」とお願いした。お爺さんは女が来てからの貢献度を考えると特に訊き返すこともできず、街で大工道具を買って女にプレゼントしてやった。
「それからわたしに、奥の部屋を貸してください。そして絶対に、中を覗かないでください」
女の要求は、エスカレートするばかりであった。しかしお爺さんはエロ本拾いを手伝ってもらっている手前、それを許さざるを得なかった。
その日の夜から、女は奥の部屋に籠もるようになった。夜中じゅう、なにやらトンカントンカンという音が家中に響き渡った。
朝になれば、女はまたいつもどおり老夫婦と仲良く暮らした。老夫婦は夜中に女がいったい何をしているのか、気になりつつも約束を破るわけにはいかなかった。
しかし女が奥の部屋に籠もるようになって四日目の夜、老夫婦はついに我慢ができなくなり、ふすまをそっと開けて中を覗いてしまった。
するとなんということだろう。中にいる女もまた、老夫婦に背を向け、部屋の奥にいつのまにか拵えたふすまをそっと開けて、その向こうを覗いているのだった。女はもらった大工道具を使って、部屋の中に勝手にもう一枚ふすまを設置していたのであった。
そしてさらに驚くべきことに、女が開けているふすまの向こう側にもまた、ふすまを開けている女の姿が見えるのだった。さらにその向こうにも、ふすま、女、ふすま、女、ふすま、女……ふすまと女の無限ループが、そこには出現していたのである。
ふすまのあいだからその様子を覗いていた老夫婦は揃って腰を抜かし、やがて不意に背後からの視線を感じて背筋を凍らせた。彼らもまた、何者かに覗かれているのかもしれなかった。
――鶴はどこへ行った?