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短篇小説「桃太郎ネガ」

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 むかしむかし、ある暗雲たちこめる鬱蒼とした僻地に、中二病のお爺さんと、実年齢よりもはるかに老けて見えるお婆さんがいました。

 ある日、お爺さんは自殺の名所として有名な山へ柴刈りに、お婆さんは上流にある工場排水で汚染された川へ洗濯に行きました。

 お婆さんが「どういうわけか、洗えば洗うほど、服が汚れていくような気がするねぇ」と思いながら洗濯をしていると、川上から「どんぶらこ、どんぶらこ」と、地獄の釜が煮えたぎるような音をたてて、大きな桃が流れてきました。

「あんらまぁ、信じらんねぇくらい大きな桃だけんども、なんだかあちこち黒ずんどるわ。八百屋の店先で、だいぶいろんなお客さんに指で押されたのかねぇ」

 お婆さんはその大きく黒ずんだ桃を拾いあげると、そんなに状態の良い桃でもなさそうなので、雑にひきずって家まで持ち帰りました。

 家に帰ると、柴刈りに行っていたはずのお爺さんが、インカム越しにプレイヤー仲間へ罵声を浴びせながら、殺人的なオンラインゲームに熱狂していました。

 お婆さんがひきずってきた桃をお爺さんに見せようとすると、お爺さんは「いま忙しいから!」と、ろくにお婆さんのほうを見ようともしません。

 しかしお婆さんが何度も「おっきいべ、ほら、こ~んなにおっきいべ」としつこくアピールすると、お爺さんは、「俺、桃とか興味ねえし」と、まるで拾ったエロ本に興味ないフリをしつつ、実はもの凄く気になっている中学生のような態度で切り捨てました。

 その反抗的な態度に業を煮やしたお婆さんは、「よっこらしょ」とゲーム機の電源アダプターを引っこ抜きました。画面が真っ暗になってビックリしたお爺さんは、「おいババア、何しやがった?」と叫びながら、お婆さんのほうを振り向きました。そしてようやく巨大な桃を目にすると、すっかり腰を抜かしたのでした。

「わ、わりとでけぇじゃねぇか。てゆうかだいぶ黒いとこ多いけど、腐ってんじゃね?」 

 お婆さんは、「開けてみりゃわかるべさ」と言って台所へ行き、これ以上お爺さんの中二病がこじれるようならばひと思いに振り下ろしてやろうと準備していた大鉈を取ってくると、わざと桃をおさえているお爺さんに当たりかねないギリギリのスイング軌道で、桃を真っ二つに割ったのでした。

 「ババア、殺す気か!」

 そんなお爺さんの罵声に迎えられて、割れた桃の中からは、どことなく暗黒の空気感をまとった赤ちゃんが、舌打ちをしながら面倒くさそうにのっそりと這い出てきました。赤ん坊の体は、ところどころ指で押されたような黒ずみやへこみがあって、体じゅうからベトついた果汁が沁みだしていました。

 お爺さんとお婆さんは、生まれた子を「とりあえず桃から生まれたから『桃太郎』でいんじゃね?」と軽い気持ちで名づけ、その日から育児放棄の日々がはじまりました。桃太郎は桃太郎で、それに対する正当な反発として、家庭内暴力にあけ暮れました。

 そんなすさんだ家庭にも月日はめぐり、桃太郎におとずれた十五の夜のことでした。体の出来あがってきた桃太郎は、普段お爺さんやお婆さんにばかりふるっている自分の腕力が、社会に出てどれだけ通用するのかを試してみたくなりました。

 ちょうど少年院で知りあった仲間から、この近くに「鬼ヶ島」という島があって、そこには最強の鬼たちがいるという噂を耳にしたばかりでした。そいつらを皆殺しにしてやれば、俺は正真正銘の最強を名乗ることができる。桃太郎はそう考えてみただけで、もういてもたってもいられなくなりました。

 桃太郎はお婆さんがだいぶ前に作って放置してあった賞味期限切れのきびだんごを懐にねじ込むと、近所の中学校の窓ガラスを叩いてまわってから、盗んだバイクで走り出しました。

 そして鬼が島へ向かう途中、峠の山道を盗んだバイクで攻めながら、桃太郎はレースで負かした動物たちを次々と傘下におさめていきました。桃太郎の激しいライディング・テクニックに圧倒され、犬、猿、キジが舎弟になりました。

 動物たちはいずれも無理してバイクになどまたがってはみたものの、普段は鳴き声すら匿名のSNS上でしか発することのない、いわゆる極度の「陰キャ」でありました。

 これから鬼退治に協力してもらうギャランティーとして、桃太郎は舎弟たちへきびだんごを差し出しました。きびだんごはすべて腐っていたため、旅の途中でそれを口にした犬、猿、キジは揃ってお腹を壊し、以降まったく使いものになりませんでした。桃太郎は三人の様子を見て、食べることを控えました。

 やがて鬼ヶ島へ到着すると、さっそくトイレを見つけて駆け込む犬、猿、キジを尻目に、桃太郎はたったひとりで目の前に現れた屈強な鬼たちに立ち向かいました。そしていつのまにかロシアからの軍事ルートで調達していた火炎放射器を構えると、鬼の大群を完膚なきまでに、島ごと焼きつくしたのでした。

 おなかを壊していた犬、猿、キジは、トイレから出てくるなり、目の前の惨状にうち震えていました。戦いを一瞬で終わらせた桃太郎が、なんの戦力にもならなかった彼らの耳元で、「ギャラ泥棒だね~」と、『笑っていいとも!』開始当初、なかなか視聴率が上がらないタモリに横澤プロデューサーが耳打ちした台詞を吐いたのは、言うまでもありません。

 しかし鬼を倒して最強を気取り、有頂天になったのも束の間。目標を失った桃太郎は、すっかり抜け殻のようになってしまい、酒にギャンブルにドラッグに溺れ、世紀のヒーローとして『情熱大陸』に出るはずが、『ザ・ノンフィクション』に取り上げられるほどまでに落ちぶれてしまいました。

 やがて桃太郎は、八百屋で桃を見つけては、指でぐいと押してまわる厄介な「桃太郎おじさん」ならぬ「桃テロおじさん」になりはててしまったのでした。あるいは会ったことのない実の父親も、こうやって桃太郎の入っていた桃を押してまわっていたのかもしれない、と心で思いながら。

 めでたくなし、めでたくなし。


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  • アーティスト:Megadeth
  • 発売日: 2013/06/10
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