泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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松田と田村と北条とジョン

店名というのは本当によくわからないもので、たいがいの店名は店主の個人的なこだわりによるものである場合が多く、たとえば釣り好きの店主が理容室を始めると「バーバーブルーギル」とか「疑似餌理容店」なんて名前の床屋が誕生しかねない(ない)。

あるいは極度の面倒くささによって投げやりにつけられた場合も結構あって、たとえば店名に「ミッキー」という名のつく場合は、店長一家の誰かがディズニーを多少好きであるか、あるいはあだ名が「ミッキー」である場合が考えられる。幹久とか美貴子とか美由紀とか三木助とか。もちろん「名字が安川だから」というのでも可。

まあどちらにしても本人に説明を求めなければわからない場合が多く、たとえば肉屋に「ハーバード」という名前がついていても、まあその主人がハーバード大卒という確率はむしろ低いように思う。人は名づけの際には、単純に思えて単純に思われたくないという心理が働くようで、名づけ主は常に「ちょっとした説明」というのを付属させたがるものだ。しかしその「ちょっとした説明」というのは、本当に恐ろしく「ちょっとした」ものでしかない。たとえば、「肉屋『ハーバード』の主人が知っている世界で一番頭のいい大学名が『ハーバード』だった。本当は『肉屋東大』とつけようかと思ったが、日本語だとなんだかこっ恥ずかしいからちょっとわからない感じにしようと思ってそれには横文字にするのがいいと考え、必死に思い浮かべて『ハーバード』に辿りついた」というような、かなりどうでもいいプロセスでしかない場合が多く、だからこそ愛おしくもある。後から考えてみると、「肉屋」のマッチョなイメージと「ハーバード」の知的なイメージが上手いこと対照をなしているような気もして、由来を訊かれるとまず最初にそんなことを言ってみたりもするのだろうが、そういう「逆にハマッている」みたいな由来説明はだいたい後づけなことが多い。

というようなことを考えたのは、先日とある駅に停車している電車内から見た看板に、「マッターホーン」とあったから。しかもかなりデカく、ドーンと来る感じだった。

なぜ店主は、「マッターホーン」という名をつけたのだろうか? いやそれ以前に、「マッターホーン」とは何屋なのだろうか? いや待てよそもそも、「マッターホーン」とはなんだろうか?

この手の「謎の横文字」を瞬時に解決する最適な答えは、「パ・リーグの助っ人外国人選手」という暫定解答であるというのはわかっている。だが同時に、それは気休めでしかないのもわかりきっているのだ。駅に助っ人外国人の名前を大々的に打ち出す理由がない。しかし「マッターホーン」という響きには、どことなく「待たせたな」感と「ホームラン」感があるから、妙な大物感は漂っている。それがピッチャーだったとするならばむしろ期待はずれだが。

「マッターホーン」の「ホーン」の部分を重視するならば、それは間違いなくラッパ的なものだろう。もしかすると南アフリカW杯で流行したブブゼラかもしれない。あるいは「マッター」部分の響きもついでになんとなく生かすならば、ヤッターマンがメカを呼び出すときに吹くラッパみたいなものか。そんなものが作中に出てきたかどうか記憶にないが。意味的には呼び出すというより、待ったをかけるときに吹くもののような気も、しないでもない。あるいはまったく別で季節柄、松茸の本である可能性もあるし、もっと先駆的な「松茸型インターホン」の可能性もある。意外と現実的な線では、「松田さんと本田さんが二人で協力して立ち上げたお店」ということもあり得る。松田と田村と北条とジョンの四人かもしれない。

と、いろいろと考えた挙げ句ググッたらあっさり判明、どうやら洋菓子屋らしい。しかもそこでわかった欧文表記で調べたら、アルプス山脈の中にある山のことであり、「マッターホルン」と言われればたしかに聞いたことがあるような気がしないでもない。イメージ的には、洋菓子とアルプスの、なんとなくゆる〜くフィットしている感じがいかにもネーミングとして標準的。落ち着いている。松田も田村も北条もジョンも、そこには確実にいないだろう。ひとりくらいいてくれるといい。

結果より過程を、理解より誤解を、愛し続けることをここに誓います。

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