泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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短篇小説「失礼くん」

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「失礼しま~す!」

 今日も失礼くんが、元気よく知らない家に上がりこんでゆく。もしもあなたが彼に失礼されたくないのなら、この時点で「失礼しないでください!」と即座に返答しなければならない。さもなくば、失礼くんはこのひとことが受け入れられたことによって、以後すべての失礼を許されたと解釈し、失礼の限りを尽くすことになる。この日も特に返事は聞こえなかった。

 失礼くんは失礼な人なので、もちろんインターホンなど鳴らさないしノックなどするはずもない。とはいえ玄関の鍵さえ閉めておけば勝手に上がりこまれる心配もない……と言いたいところだが、失礼くんが上がりこむ家は、決まって玄関の鍵を掛ける習慣のない家と相場が決まっている。それが単なる偶然なのか用意周到な事前調査に基づく行動なのかは、失礼くんのみぞ知るというわけだ。

「思ったより狭い家だな」

 四人家族の一軒家に上がりこんだ失礼くんは、さっそく呼吸するように失礼なフレーズを呟く。先ほど失礼くんが放った元気な挨拶とドアの開く音に反応して、一家の母親が玄関へと駆けつけてくる。

「あらまあ、どちらさまですか?」

 母親がそう訊くと、失礼くんは質問に対し質問で返すという失礼を浴びせた上に、さらなる失礼をトッピングしてみせる。

「ひょっとしてこの家のお母さまですか? 年齢よりもずいぶん老けて見えますね!」

 まだ相手の年齢すら聴いていないのに、さらっとこれを言えてしまうのが失礼くんの失礼くんたる所以だ。母親がぷんぷんと憤慨していると、その背後から小学五年生の息子がランドセルを持って飛び出してきた。

「母ちゃん、この人、靴履いたまま上がってるよ」

「まあ!」母親が驚きの声を上げると、失礼くんは「これはこれは、失礼しました!」と言いつつも、いっこうに靴を脱ぐ気配はない。失礼くんはいつだってkeep on 失礼なのだ。

「ちょっと、早く脱ぎなさいよ!」

「だって僕はさっき、『失礼しました』とたしかに言いましたよ。その時点でこの問題はもう、解決しているはずです。でなければ、私が『失礼しました』と言った意味がないですからね!」

 そう言いながらも、話題とは無関係なコートのほうをおもむろに脱ぎはじめるあたり、やはり失礼くんは失礼なのである。

「ちょっと、何やってんのお母さん」

 息子が玄関を飛び出していくと、奥から今度は通学鞄を提げた高校二年生の娘がやってきた。失礼くんが上がりこんだのは、ちょうど一家にとって一日の中でもっとも慌ただしい、二人の子供の通学時間帯なのであった。

「君は高校生かな。切ったばかりのその髪型、明らかに失敗してますね! では、いってらっしゃい」

 娘は何か言い返したそうな様子であったが、どうやら遅刻すれすれのタイミングらしく、舌打ちを一発残して走り去るのが精一杯であった。

 失礼くんはジャケットの裾を弱い握力でつかんでくる母親を引き連れつつ、土足のままずかずかとリビングへ足を踏み入れた。ダイニングテーブルでは、父親が新聞を器用に折りたたんで読みながら食事をしている最中であった。

「な、なんだ君は!」

 グッと身を乗り出して顔を近づけてきた失礼くんに驚いた父親が、そう言って持っていた箸を茶碗の上に置いた。すると失礼くんはその箸を取って茶碗の中のご飯を口へ放り込み、大胆にもぐもぐしつつご飯粒を飛ばしながら失礼なことを言った。

「家でも窓際が定位置なんですね。陽当たりもいいし、やっぱり慣れた場所が一番ですもんね!」

「なんだと、貴様!」

 父親はそう言って勢いよく立ち上がってはみたものの、日ごろの不摂生から来る高血圧が祟ってめまいを催し、すっかり床にへたりこんでしまった。母親は水を入れたコップを持ってすぐさま父親のもとへ駆けつけ、慣れた手つきで血圧の薬を飲ませていた。

 その隙に踵を返した失礼くんは、「ちょっとお手洗いをお借りします」と言って玄関の脇にあるトイレへ向かった。そしてトイレを済ませた失礼くんは、再びリビングに戻ることもなく、そのまま「失礼しました~!」と元気よく仕上げの挨拶をしてどこかへ行ってしまった。

 失礼くんが出ていった家の中は、妙に静まり返っていた。それは喪失感とか余韻とかそういったメンタルな問題ではなく、単純に失礼くんが、トイレの水を流さずに立ち去ったからである。蓋を下ろした便器の中に最大の「失礼」が鎮座していることを、この家族はまだ知らない。


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2019年ハード・ロック/ヘヴィ・メタル年間ベスト・ソング10選

アルバムに続いて曲単位の年間ベスト10を。

例年、どうしても年間ベスト10に選んだアルバムの収録曲が多くなってしまいがちでつまらないので、今年はアルバムのベスト10に入っている楽曲はあえて除外して選んでみた。

ちなみに公正を期すため、上記の理由によりベスト10から除外した楽曲をあらかじめ紹介しておくと、「.38 Or .44」「Blood Wants Blood」「Viva La Victoria」/ECLIPSE、「Witan」/SOILWORK、「Dance」/MYRATH、「3 Men Walk On The Moon」/VISION DIVINE、「Shoot For The Sun」/PALADINあたり。やはりどれも上位候補ではある。


1位「Nothing」/MILLENCOLIN

いきなりの反則で申し訳ないが、1位はメタルでもハード・ロックでもなくれっきとした北欧産メロコアである。しかし絶望的な哀愁を撒き散らしながら駆け抜けるこの美旋律は、多くのメタル系リスナーが強く求めているものと合致する。

息つく間もなく立て続けに繰り出されるメロディのすべてが、ことごとく哀しみに満ちた名曲。

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Nothing

Nothing

  • アーティスト:Millencolin
  • 出版社/メーカー: Epitaph
  • 発売日: 2019/02/15
  • メディア: MP3 ダウンロード


2位「Searching For You」/ENFORCER

あらゆる異変に警鐘を鳴らすような、スリル溢れる一撃必殺のギター・リフが圧倒的な存在感を放つ。

スラッシュ/パワー・メタルの美点が詰まった1曲。

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ゼニス【CD(日本盤限定ボーナストラック収録/日本語解説書/歌詞対訳付)】

ゼニス【CD(日本盤限定ボーナストラック収録/日本語解説書/歌詞対訳付)】

  • アーティスト:エンフォーサー
  • 出版社/メーカー: ワードレコーズ
  • 発売日: 2019/04/26
  • メディア: CD


3位「Strangers」/DRAGONFORCE

スピード&パワーが身上のバンドだが、その二本の刀がなくともメロディ一本で戦えると証明してみせるミドルテンポのメロディ至上主義楽曲。まるでPRAYING MANTISのような。

この曲はオフィシャル動画がないので、同アルバム収録の別曲を貼ってお茶を濁すがこちらも佳曲。アルバムごと年間ベスト10に入れても良かった。

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Strangers

Strangers

  • アーティスト:DragonForce
  • 出版社/メーカー: Ward Records Inc.
  • 発売日: 2019/11/13
  • メディア: MP3 ダウンロード


4位「Lost In Time」/CYHRA

哀愁を超えて鎮魂歌レベルの祈りを感じさせる荘厳なバラード。重々しくも美しい。

この曲もオフィシャル動画がないので、同アルバム収録の別曲を貼っておく。こちらはアルバムの基本路線を提示する1曲。

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5位「Welcome To The Garden State」/OVERKILL

スラッシュ・メタルの奥底に眠るパンク魂を明快に炸裂させる、奔放にハジけた楽曲。

こういうポップな一面もこのバンドの持ち味。痛快極まりない。

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ザ・ウィングス・オブ・ウォー【CD(日本語解説書封入/歌詞対訳付)】

ザ・ウィングス・オブ・ウォー【CD(日本語解説書封入/歌詞対訳付)】

  • アーティスト:オーヴァーキル
  • 出版社/メーカー: ワードレコーズ
  • 発売日: 2019/02/22
  • メディア: CD


6位「Kiss The Go-Goat」/GHOST

今年はアルバムのリリースこそなかったが、この新曲もまた重厚かつレトロ&ポップな佳曲。

聴き手を幻惑するマジカルなギター・リフの旋律がすこぶる印象的。

Kiss The Go-Goat

Kiss The Go-Goat

  • アーティスト:ゴースト
  • 出版社/メーカー: Loma Vista Recordings
  • 発売日: 2019/09/13
  • メディア: MP3 ダウンロード


7位「Why I Dream」/JORDAN RUDESS

DREAM THEATERの作品よりもソロ作のほうが、彼のキーボーディストとしての変態性と凄みを感じられる瞬間は多い。

ジャジーで小洒落た曲調の中で、複雑怪奇な変拍子を軽快に乗りこなすフレージングの妙。

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Why I Dream

Why I Dream

  • アーティスト:Jordan Rudess
  • 出版社/メーカー: Music Theories
  • 発売日: 2019/04/12
  • メディア: MP3 ダウンロード


8位「D.N.A. (Demon And Angel)」/TURILLI/LIONE RHAPSODY

アルバムのベスト10では、このRHAPSODYよりもあのRHAPSODY(OF FIRE)よりもVISION DIVINEの作品を選んだが、楽曲単位では、この男女の掛けあいヴォーカルを活かしきった楽曲も確かなインパクトを残した。

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9位「My Sanity」/BAD RELIGION

1位に続いてメタルではなくメロコアの元祖だが、相変わらずこの哀しみ溢れるメロディはメタル者の琴線にビシビシ触れる。

湿り気と爽快感という二律背反の要素を両脇に抱えて走る哀愁。

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Age Of Unreason [Explicit]

Age Of Unreason [Explicit]

  • 発売日: 2019/05/03
  • メディア: MP3 ダウンロード


10位「Fallen Worlds」/ART NATION

前作の「Ghost Town」同様、開放的なメロディが弾けるアルバム冒頭曲。

このバンドはいつも1曲目が抜群に良い。それ以外も悪くないが頭ひとつ抜けている印象。

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Fallen Worlds

Fallen Worlds

  • アーティスト:Art Nation
  • 出版社/メーカー: AVALON LABEL
  • 発売日: 2019/10/23
  • メディア: MP3 ダウンロード


◆2019の年間ベスト10ソングを、Spotifyにてプレイリスト化してみました。
Spotifyにはない2曲を別曲と入れ替えた上で、曲順も全体の流れを考えてなんとなく変更してあります。



tmykinoue.hatenablog.com
tmykinoue.hatenablog.com

ディスクレビュー『PARADIGM』/ECLIPSE

Paradigm

Paradigm

  • アーティスト:Eclipse
  • 出版社/メーカー: Frontiers
  • 発売日: 2019/10/11
  • メディア: CD

ここへ来て一気にスケールアップしたスウェーデン産中堅ハード・ロック・バンドの7枚目。

前作あたりでかなり幅を広げた感はあったものの、ECLIPSEには常にB級感が漂っていた。それは楽曲の地味さやスケール感の乏しさなどもあったけれど、個人的には先駆者の影響が見えすぎるフレージングにそれを強く感じていた。

二人のギタリストは明らかにジョン・サイクス(主にWHITESNAKE以降)から多大な影響を受けており、随所に頂きもののリフやメロディが現れては聴き手を興醒めさせる瞬間があった。たとえば前作の「Born To Lead」という曲は、間違いなくWHITESNAKEの「You're Gonna Break My Hear Again」の換骨奪胎だろう。

北欧メロディアス・ハードに、英国的というにはアメリカナイズされたジョン・サイクスのギターを投入したようなミスマッチ感がこのバンドの基本路線。しかし彼らはこの7作目にしてようやくそんな単純な足し算を脱することに成功し、もはやECLIPSEとしか言えない独自の領域を生み出した。

その進化の鍵は、ルーツをもうひとつ遡ったことにあるのではないかと僕は思う。バンドにとってターニングポイントとなった曲は、おそらく前作に収録されていた「The Downfall Of Eden」だろう。前作でもっとも印象的な曲であり、明らかにゲイリー・ムーアの影響を受けたメロディラインを持つ曲である。その雄大な旋律はもはや、北欧を飛び越えてアイルランドの風を感じさせた。

そしてゲイリー・ムーアといえば、ジョン・サイクスにとってはTHIN LIZZYの先輩ギタリストでもあり、彼に大きな影響をもたらしたギターヒーローでもある。つまりこのバンドのルーツであるサイクスの、さらにもう一個奥にあるルーツと言えるわけで、音楽的影響というものは、どうやらあいだにひとり挟むことによって途端に消化がよくなるものらしい。これは音楽に限らない事実かもしれない。

それでなくとも、ルーツというのはどういうわけか古いものほど、やや強引に取り入れても馴染みがよく臭みが消える。時間の経過や受け手の忘却力がそうさせるのか、あるいは時代を生き抜いてきた芸術の普遍性ゆえか。

北欧ハード・ロックジョン・サイクスを足した時点ではまだ固形でそれぞれ素材の原型をとどめていた料理が、そこにゲイリー・ムーアという成分を混ぜた途端にミキサーで粉砕されかき混ぜられて液状化し、バンドの手によってイチから再構築されることでここに新たなメニューが誕生した。

そして本作でもたらされたこの変革により、エリック・モーテンソンの歌の巧さが改めて際立っているのが興味深い。その格段にエモーショナル度合いを増した歌声は、GOTTHARDの今は亡きスティーヴ・リーを思わせるレベルに達している。

本作の冒頭を飾る「Viva La Victoria」は、前作の「The Downfall Of Eden」の流れを汲む、ゲイリー・ムーアの影響を感じさせる曲だ。アルバムは大きなメロディを持つこのアンセムとともに、北欧離れした壮大なスケール感を伴って幕を開ける。

いっぽうでベストソングに推したいのは、8曲目に登場するあまりに北欧然とした哀愁のメロディを放つ「.38 Or .44」だ。ゲイリー・ムーアの影響で劇的に高品質化した作品の中で、もっともその影響が少ない、むしろ北欧的すぎるこの曲が輝くというのも逆説的ではあるが、完全に消化された影響というものは裏面にまで響き渡るものだ。

個人的には沁みる美旋律満載の、北欧ハード・ロック史に残る名盤たるクオリティを備えていると感じるが、このバンドの中堅イメージとミドルテンポ楽曲の多さが足を引っ張って、あまり聴き込まずに「ああ、いつもの感じね」と決めつけてしまっている向きも少なくないと思う。

というのは僕がまさに当初そうなりかけていたからで、これは聴けば聴くほど秀逸なメロディを聴き手が次々と発見してゆくタイプの作品である。

ミドルテンポの良曲を作れるバンドは地肩が強い。この作品をもって、彼らは遅ればせながら、自らにワールドクラスのポテンシャルがあることを示した。


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