泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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短篇小説「河童の一日 其ノ十一」

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今年の河童新語流行語大賞が「河童、皿割れるってよ」に決定した。今さら感が凄いけど、間違ってはいない。それに便乗して「ワレモノ注意!」のステッカーを河原で売り出す輩がさっそく登場したが、そんなもの恥ずかしくて頭に貼れるはずがない。通気性の問題もある。

一方で今年の漢字が「胡」であることも発表された。もちろん胡瓜の「胡」である。こちらは開始以来、「胡」と「瓜」が毎年交互に発表されるだけなので、そろそろイベント自体の存続が危ぶまれている。

今日は学校で、冬休みの宿題が伝えられた。冬休みは楽しみだが、宿題が嫌なのは河童も人間も変わらない。冬休みの宿題には、毎年必ず「書き初め」があって、お題は自由なので毎度何を書くかで悩み果てる。それ以前に、体が濡れているので半紙がびしょびしょになる。

書き初めの何が嫌だって、全員の作品が教室の後ろに貼り出されることだ。僕の書き初めだけ、いつも半紙が波うってカピカピになっているのである。いったん濡れた半紙をストーブの前で乾かしてから提出しているから、どうしてもそうなってしまうのだ。クラスメートの人間の友達からは、「拾ったエロ本みたいだね」とよく言われる。本当に友達なんだろうか。

今年のお正月はたしか「河童の川流れ」と書いたら、「ネガティブなのは良くない」と先生に怒られた。単に「川の流れに身を任せると、わざわざ泳ぐ必要がなくて楽チンだ」という河童的な意味あいで書いたのに、勝手に人間的な解釈で「溺死」を連想されてしまったらしい。迷惑な話だ。

ちなみに去年は「初日の出」と書いていたら、ちょうど茨城から来ていた爺ちゃんに「縁起でもない!」と食べかけの胡瓜でひっぱたかれた。爺ちゃん曰く、「日差しによりヘッドソーサーが乾く=死を連想させる」とのことだった。みんなことあるごとに死を連想しすぎだと思う。どこもかしこもクレーム社会だ。

こんなことじゃあ何にも書けないじゃないか。そう思ってみたりはするものの、かといって特に書きたいことがあるわけでもない。今回こそは怒られないように、どういうのを書けばいいのか、先生に訊いてみることにした。

「君の2017年の目標を書けばいいんだよ。まあそんなに堅苦しく考えなくても、いまやりたいことを素直に書けばいいよ」

そう言ってもらえたので、だいぶ気が楽になった。ちょっと早いけど、書き初めに書くことを決めた。

《甲羅のリフォーム》

「羅」の字が少し難しいけど、上手に書けるだろうか。

短篇小説「眠れる盛り土美女」

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ある真夜中、床下からザクザクと不穏な音がするのを僕は聴いたのだった。トイレに起きた僕はたしかにその音と振動を感じたが、家の前をトラックか何かが通ったのだろうと思い、その日は用を足すとそのまま寝てしまった。平屋建てアパートの一階は、何かとよく揺れるのである。

その後の二日間は、特に夜中目が覚めることもなかった。日中はバイトに出ていたため何が起こっていたのかはわからないが、部屋に戻っても特に異変などは感じられなかった。

そして三日後の夜三時ごろ、僕は再び床下から響く異音を耳にしたのだった。その時響いてきた音は、前回同様にザクザクと小気味よい音であった。その音はしばらくして、ペタペタと何かを硬いものでひっぱたくような音色へと変化した。

これは間違いなく、家の前を走る自動車のエンジン音でも振動音でもない。そう確信した僕はコートを羽織り、懐中電灯を片手に外へ出た。僕の部屋は四部屋しかないアパートの一番手前にある角部屋だが、奥の三軒に灯りはついていない。寝ているのか不在なのかはわからない。

僕はなんとなくアパートの周辺をぐるりと一周してみたが、特に変わった様子はない。というより、普段から見廻る習慣がないため、異変があっても気づく可能性はそもそも低い。

とりあえず部屋へ戻ることにして、自室の鍵穴へ鍵を差し込んだところで、僕は妙なことに気づいた。左手に持った懐中電灯で手元を照らした範囲内に、もう一つ扉が見える。しかし隣室の扉は、灯りの範囲外にある。それは自室と隣室の間に位置する、見たことのない鉄の扉であった。

懐中電灯を当てると鈍く光るその鉄の扉は、各部屋の扉よりもひとまわり小さかった。こんなところに扉などあったはずはないのだが、それが新たに設置されたものでない証拠に、鉄の扉はひどく錆びついていた。扉は重いが案外スムーズに開いた。先ほど部屋で耳にした異音が、俄然クリアに響いてくる。

そして同じく錆びついた鉄の階段を降りた。そこに階段があったからだ。

このアパートに階段があるなど、もちろん聞いたことはなかった。だが階段は、間違いなく僕を地下へと導いていた。僕は足元を照らしながら、注意深く下へ下へと進んだ。不審な音は徐々に大きくなった。

階段が終わると、思いのほか広い空間が開けていた。といっても、壁がコンクリートで固められているわけでも、電灯が設置されているわけでもない。地下室というよりは、単なる穴倉といったほうが正確だろう。

ザクザクと響く音は、間違いなく穴倉の奥から響いていた。僕はこわごわ、下からゆっくりそちらへと懐中電灯を向けた。白いドレスを着た長髪の女が、スコップを持ってせっせと立ち働いていた。

「な、なにをしているんです?」

僕はなんとか声を発したが答えはなく、女は手を止める様子もない。右の山をスコップでザクザクと突き崩し、その土を左の山の上に盛り、さらにスコップでペタペタと塗り固める。そんな盛り土のルーティーンを、女は休みなく繰り返していた。

失礼だとは知りながら、僕は懐中電灯の光を女の顔面へと向けた。ところどころ土に汚れてはいたが、女は絶世の美女だった。しかしその両目は、すっかり閉ざされていた。目を閉じているのにひと目で美女だとわかるというのは、女がよほど美しい証拠だが、その実女は単に寝ていたのだった。

これだけ激しい運動をしているのに眠っているとは信じがたい事実だが、女が作業しているその手前には、きっぱりと「DO NOT DISTURB」の立て札が雄弁にそそり立っていたのだから。

僕はなすすべもなく、すごすごと部屋に戻って睡眠の続きを貪ることにした。あのまま粘ったところで、見知らぬ工事を辞めさせる勇気も、美女を口説く勇気も、どうせ僕にはありはしないのだ。しかしこれが思いのほかよく眠れた。こんなによく眠れたのは、生まれて初めてだったかもしれない。

翌朝は休日だったため遅くまで寝ていると、切羽詰まったインターホンに起こされた。しぶしぶ扉を開けると、「ちょっといい?」と言いながら、大家のおばさんが返事も待たずに上がりこんできた。

「けさ不動産屋から電話があってね、今すぐ家賃上げたほうがいいってしつこく言うもんだから」

何が何やらわからず呆然としていると、大家さんはお構いなしに続けた。

「ほらここ、いちおう最上階だから」

ますます意味がわからない。

「いや最上階っていったって、平屋に最上階も何もないじゃないですか。そりゃ一番上かもしれないけど、一番下でもあるわけですし」

「まあそれはそうなんだけどさ」大家さんは僕の手を取って窓際へ連れていくと、そそくさとカーテンを開けて言った。「ここ、いつの間にか十階になってんのよ」

僕は眼下に広がる街並みを見て驚愕した。そこにはたしかに、「最上階」という響きがふさわしい光景が広がっていた。もちろん陽当たりも最高だ。

「え? じゃあ十階建てってことですか…?」

「それが違うのよ。ここ十階しかないの。一階も五階も九階もなんもなし。だから平屋っちゃあ平屋なんだけど」

いつの間にかできていた階段を二人で降り、地上からこのアパートを眺めてみると、そこには圧倒的な土壁が石垣のように九階相当の高さまでそそり立ち、その上に僕の部屋のある十階だけが、居住空間としてちょこなんと載っかっているのだった。

「他の部屋の人たちは、納得してるんですか?」

「それがあと三部屋は、すっかりもぬけの殻なのよ。みんな家賃の払いもいい人たちだったのに」

僕はなんだか腑に落ちないまま、新たな賃貸契約書に判を捺し、エンドレスとも思われる十階までの階段を上がって部屋へ戻った。判子を押す際、契約書にエレベーターの設置条項をつけ加えてもらったのは正解だったと、改めて痛感しつつ。

自室に入る際、隣室との間に昨晩発見した地下への扉を探したが、そんなものはまったくどこにも見当たらなかった。夜中に起きたためか不意に起こされたためか、僕はまだまだ寝足りない気分だったので、もう一度ふとんに入った。

そして夢を観た。夢の中には、例の「眠れる盛り土美女」が出てきて、女はそこで初めて目を開いた。目を開けた女は、さらに美しかった。そして僕はそこで初めて、女と話すことができた。相変わらずスコップで土を盛りながら、女は言った。

「この土は、わたしの中から出たものだから」

そういえば女は、昨日に比べてひどく痩せているように見えた。僕はそれでも充分に美しい女の姿を、しばしうっとりと眺めていた。その時。

「ドーン!」という爆音と衝撃により、僕は目が覚めた。そして大空から墜ちてゆくような、全身の血液がすべて逆流するような最大級の浮遊感に襲われた。

まるでこれも夢の中の出来事のようだったが、僕が墜ちはじめたのが「ドーン!」という音を聴いたあと、つまり目が覚めたあとであることに間違いはなかった。十階の床が抜けると、その先にあるのは土ではなく広大な空間であった。

すでにコンクリートの地面が目前に迫っている。


tmykinoue.hatenablog.com

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なんでも王選手

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マイナンバーを送れという旨の書類が来たのですが、マイナンバーの通知書が見つからないので、代わりに王選手の背番号を書いて送れば良いですか?」

「素敵な女性に電話番号を尋ねたら、王選手の背番号と同じだと言われたのですが、イチかバチか掛けてみるべきでしょうか?」

「銀行の暗証番号は、もちろん王選手の背番号です。ええ、ひと桁ですが何か?」

「THE 虎舞竜の『ロード』って、第何章までありましたっけ? 王選手の背番号と同じでしたっけ? もしかして王選手の通算本塁打数のほうだったかな?」

アントニオ猪木に大声でイチ、ニイ、サンと言われたのですが、その後は王選手の背番号を強く言い返せば良いですか?」

五木ひろしよりもソックリさんの一木ひろしのほうが、数的に王選手に近いと言えますか?」

SMAPの中で一番好きな曲? やっぱり『世界に王選手の背番号だけの花』かな」

「大学入試のマークシートでは、すべて王選手の背番号を塗りつぶすことにしているのですが、この方法で合格できる大学はありますか? ちなみに医学部志望です」

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