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泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

『バクマン。』4/大場つぐみ・小畑健

書評(サブカル/漫画)

つくづく男同士の友情ってのは面倒くさいもんだなと思う。だがその面倒くさい部分を取り逃さずに描き切るのが、少年漫画最大の魅力でもある。

たとえば『スラムダンク』における三井のバスケに対する複雑な思いとか、『ドラゴンボール』でのベジータの立ち位置とか、そういう「プライドの裏に隠された脆弱さ」をきちんと捉え、強気と弱気が交互に立ち現れてくるその手触りを、紙の上に忠実にトレースすること。登場人物たちの等身大の気持ちと正面から向きあうその真摯な姿勢こそが、リアリティの鍵を握ることになる。

本作には、「味方でありながらもライバル」という人間関係が、いたるところに出てくる。主人公である最高と秋人はもちろん、少ない掲載枠を争う新人漫画家同士や、担当編集同士、そして最高と亜豆の間にも、そういう複雑な感情が横たわっている。

そしてその誰もが、当事者間では問題を解決できない。そこには「第三者」が必ず何かしらの形で介入し、問題解決のきっかけを与えることになる。たとえば最高と秋人の間には、担当編集の服部が「有効な第三者」として機能しているし、新人漫画家たちの間を取り持つのは、先に連載ヒットを飛ばしている新妻エイジである。本作では、この「解決への手がかりをもたらす第三者」の導入が非常に巧みで、彼らの存在が物語を立体的にしている。

二流三流の物語作家には、この「第三者」が描けない。いや、描けないというよりも、その必要性を感じていない、と言ったほうが正確かもしれない。二人の問題は、二人で解決するのが当然だと考える。だがそれはリアルではない。我々の日常は、つねに「第三者」の介入を受けている。そこには絶え間ない人の出入りがあり、雑音や騒音が混じる。そしてその中に、重要な要素や問題解決の糸口が隠されていることがある。どうでもいい無関係な人が、突如として重要なひと言を放ったりもする。だからリアリティを表現するには、「第三者」の存在が不可欠なのである。当事者だけの世界など存在しない以上。

この第4巻でも、問題点はやはりキャラクターにある。突飛すぎてすぐに消えそうなライバルKOOGYは間にあわせの感が強いし、亜豆が声優を目指しているという点には、依然として説得力がない。

たしかに清純派を名乗るアイドル声優が増えてきているとはいえ、彼女らは必ず大なり小なり「アニメオタク」な部分を備えている。たとえば日常会話の中にアニメのたとえが入るとか、リアクションや喋り方にアニメ的な大仰さが表れたりとか。しかし今のところ、亜豆にはそういう部分が一切なく、それどころか漫画やアニメが本当に好きなのかどうかも怪しい。むしろ興味がなさそうに見える。せめて好きな漫画やアニメの話をするシーンくらいは、最低限欲しいところ。

いちおう「恋愛」というもう一つの軸は設定してあるものの、やはりこの作品は「ライバル関係」で読んでいったほうが楽しい作品だろう。その点における緊張感は、4巻目にしてすでにクライマックス級の盛り上がりを見せていると言っていい。展開面におけるこの出し惜しみのなさは、凄まじいものがある。

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