泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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『SIN-DECADE』/PRETTY MAIDS 『シン・ディケイド』/プリティ・メイズ

美しさと力強さを奇跡的なバランスで融合させた、ハード・ロックヘヴィ・メタルの美点をすべて凝縮した一枚である。メロディ、スピード、ヘヴィネスの三拍子だろうが、もの悲しい美旋律とアッパーなハイテンションの二律背反だろうが、明るさと暗さだろうが希望と絶望だろうが、とにかく通常ならば耳を揃えて提示することが異様に難しい、相容れないはずの諸要素が、ためらいなく一枚の作品中にすべて封じ込められている。ここまで「アルバム単位」で勝負できる作品には、めったにお目にかかれるものではない。

世間的には、ラストを飾るジョン・サイクス&フィル・ライノットのカヴァー曲⑪“Please Don't Leave Me”が単体で知られすぎてしまったために、その1曲のためのアルバムだと思われている節があるが、それはHR/HMの世界によくある悲しき誤解である。“Please〜”は確かに名曲ではあるが、それはEXTREMEにとっての“More Than Words”でありMR.BIGにとっての“To Be With You”(いや、カヴァー曲という意味では、“Wild World”かな?)であって、バンドの本質と関係ないとまでは言わないが、その魅力を全面的に表現している楽曲ではない。それは単に曲調がバラードであるというだけでなく、たとえばメロディの質感が本来目指している方向性と異なると感じるからである。たとえば僕はEXTREMEでいえば“More Than Words”よりも“Hole Hearted”のほうに魅力を感じるし、MR.BIGならば“Green-Tinted Sixties Mind”や“Nothing But Love”にその真髄を見る。ちなみに本作中のバラード系楽曲でいえば、“Please〜”よりも⑧“Know It Ain't Easy”のほうが名曲だと思う。

だがアーティストが本質と異なる部分で評価されるという悲劇は、どこの世界でも起こりうることなので仕方がない。“Please〜”への高い評価が、このアルバムへの評価には思いのほか繋がらなかったのは残念だが、それでもこの作品が名盤であることには微塵の揺らぎもない。

本作が何よりも素晴らしいのは、ギター・リフとヴォーカル・メロディの絶妙な絡み具合である。それは徹底的に試行錯誤を重ねたうえで到達した絶品ラーメンの麺とスープのように、予想外でありながら期待以上の絡みを随所で見せる。この「ギターとヴォーカルの容赦なきせめぎ合い」というのがHR/HM最大の利点であり、喧嘩しながらも抜群に相性が良いというような、強固な信頼関係のみがもたらす劇的衝突が耳を捉える。

正直なところ、個々の楽曲で見れば、本作の楽曲よりも前作『JUMP THE GUN』収録の“Lethal Heroes”や“Attention”に軍配を上げる。だがフレミング・ラスムッセンによるエッジーな音作り、魅力的な疾走曲を①④⑥(⑩は若干弱い)と適切な位置に配したアルバム全体の流れも踏まえると、これが彼らの代表作であり最高傑作であるのは間違いないように思う。

この一枚を聴くことで、HR/HMが目指す理想郷を共有できるかどうかが判定できる、そんな試金石のような最重要作品の一つである。

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