泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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短篇小説「号泣家」

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私は奇妙なことに、泣きながら産まれてきたのだとのちに母親から聞かされた。私がそんな奇抜なスタイルで産まれてきたのは、きっと両親が泣きながら出逢ったからだ。

産まれてこのかた、私はずっと泣いている。何をするときも確実に泣いている。飯を食うときも風呂に入るときも屁をこくときも泣いている。水分はわりとこまめに摂るほうだ。

朝起きたらもう泣いている。きっと寝ている間もずっと泣いているのだろう。しかしよく訊かれるのだが、その涙は悲しみとは基本的に関係がない。なぜならばこの世に生を受けたときも、特に悲しくはなかったように思われるからである。

もちろん産まれた瞬間の記憶などあるはずもないが、もしもまさにいま自分が産まれんとしているその時、産まれること自体に悲しみを感じていたとしたら、じゃあ産まれてなんてくるなよ、としか言えない。

まだ言葉もない赤子が、仮に産まれることを「悲しいこと」として捉えていたとするならば、それは赤ん坊が予知能力を持っていることを自動的に意味するだろう。まだこの世で何も体験していない段階で泣くということは、この先に起こるであろう悲劇を予想して泣いているということになるからだ。

私は産まれるとき、本当に泣いていたのだろうか。あるいは私ではなく母親が、いやむしろ世界が、たとえば全米が泣いたのではないか。

しかしアメリカ人の友達に確認したところ、かつてすべての米国民が全員同時に泣いたという事実は一度もないという。映画配給会社の嘘つきめ。

雨の中、傘を忘れた私が泣きながら歩いていると、向こうから同じく傘も差さず泣きながら歩いてくる女性と目が合った。私はこの人と結婚するのかもしれない、と思った。そうすれば、私たちのあいだに産まれる子供は、きっと泣きながら産まれてくるはずだ。

しかし残念ながら、顔がタイプじゃなかった。こればかりはどうしようもない。


プリズナーズ・イン・パラダイス

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短篇小説「最後の勇者」

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王様に呼び出されるというのは、つまり職員室に呼び出されるようなもので、だいたい叱られるものと相場が決まっている。しかしこの日は違った。城の大広間にでんと鎮座している王様の前に跪くと、王様は僕の手を取り神妙な顔を作り込んで言った。

「よくぞ参った。もうお前しかおらんねん」

そんなことだろうと思った。ずっと引きこもってゲームばかりしていたので気づくのがすっかり遅れたが、引きこもりニートの僕に声がかかるということは、他に戦力が皆無であるということを率直に意味する。他に選択肢がなければ、「ラス1」の選択肢は自動的にオンリーワンの存在としてもてはやされる。

「お前が最後の切り札なのだ。この町を、いやこの地球を救ってもらいたい。ドラゴン的なやつ倒して」

王様曰く、この城下町の周囲にはモンスターが大量発生しているため、その脅威から町を守るために城壁を高くしたうえで、城門は常時閉鎖。またサイバーテロを警戒するためインターネットも全面禁止とし、現在この町は事実上の鎖国状態にあるという。

とはいえ、もちろんただ守りを固めるだけでは自ら兵糧攻めに追い込まれるようなもの。そこで王様は解決の糸口を探るため、選りすぐりの若者を次々冒険に送り出したものの、全員がすっかり消息不明であるという。

それをいかにも不思議そうなキョトン顔で知らせてくるところが王様の悪いところで、実際にはこの王様の無計画な命により片っ端から戦地に送り込まれ、みんな無駄死にしているのを充分にわかったうえで言っているのである。彼らはまともな剣や鎧すら与えられぬまま、何泊かぶんの小銭だけ持たされて野に放たれたらしい。

「いいですけど、それなりの装備と現金は用意してもらわないと」

僕は町の若者の最後の一人だという事実を後ろ盾に、ちょっと強気なリクエストを出してみた。

「良かろう。すでに死亡した勇者たちの保険金がガッポリ入ってきてるから、それをお前に授けよう」

もしかするとこれは、新手の保険金殺人である。あるいは最後の一人である僕に最高の装備を授けるために、この町の他の若者たちを犠牲にして資金に代えたのかもしれない。だとしたらこの王様、とんでもない策士である。

「地下の金庫に、支払われた保険金の5億が眠っている。それを自由に使ってくれて構わん」
「了解です」

あえて業務メール的な返事で平静を装ったが、金額を聞いてそれなりに動揺したのは間違いない。しかし改めて考えてみると、いくらお金があったところで、この町にはそんな大金を注ぎ込むほどの、クオリティの高い武器を扱っている店などありはしないのである。ただでさえ若者はほぼ全滅し、それに伴って消費者人口も激減しているから、店は片っ端から潰れてシャッター商店街と化している。

となるとネット通販で良質な武器を揃えるしかないが、この町ではいま、サイバーテロ対策のためインターネット回線が切断されている。

「とりあえず、ネットを解禁してもらうことってできます? サイバーテロっていっても、もはや若者のいないこんなちっぽけな町に、サイバー攻撃するほどの価値なくないっすか?」

プライドの高い王様はやや不平不満を顔に浮かべつつも、僕のリクエストはそれなりに理にかなっていたようで、あっさりとネット解禁を承諾した。

とはいえネット通販で武器を購入したところで、それを運ぶ輸送業者がこの町に無事たどり着けるとは思えない。とりあえず家に戻った僕は、久々にパソコンをインターネット回線に繋いだ。

《モンスター 攻略》

ブラウザの小窓に適当な検索ワードを入れてみたら、出るわ出るわ。画面上には、無数のモンスター攻略サイトが並んでいた。各モンスターごとの特徴や攻略法、出現地域などが詳細に記されているサイトもあった。だが最も有効だと思われる攻略サイトには、「勇者たちへ」というバナーが真ん中にただひとつ。そこをクリックしてみると、画面中央にただひとこと、大柄なゴシック体で以下の3文字が浮かび上がった。

《褒めろ》

それはこの世の究極の摂理だった。いちおうネットショップで強力な武器も注文していたのだが、僕はそれが届く前に町を出発していた。このひとことさえあれば、武器などもういらないと悟ったからだ。武器よさらば。

町を一歩出ると、そこはモンスターまみれの荒廃した世界だった。しかし僕にはあの究極の言葉があった。僕はあらゆるモンスターをとにかく褒めまくった。スライムのやわらかな触感を、キラーマシンの腰のキレを、くさった死体の腐敗臭を。

褒められて喜ばない人間がいないように、褒められて喜ばないモンスターもいなかった。的確な褒め言葉の力で、旅先では様々なモンスターが仲間になった。おかげで一度も戦闘することなく、ラスボスのドラゴンへとたどり着いた。もちろんドラゴンも仲間になった。

そして世界に平和が訪れた。結果、任務を終えた僕は職を失ったが、自分には他人を褒めるという突出した能力があることがわかった。

十年後、この町の中心部に巨大なシャンパンタワー型の店舗を打ち建てることになる世界ナンバーワンホストは、このようにして誕生した。城下町は顧客のマダムたちで溢れかえった。

やがて、無闇に褒められ続けて増長したマダムたちがモンスター化。褒め言葉に乗せられて仲間になったはいいが、主人である勇者がホストになったため、その部下として同じくホストをやらされていることに不満を感じていたモンスターたちを従え、強大なモンスター組織を形成する。

武力ではなく「クレーム」を武器に戦う新たなる概念のモンスター「モンスターカスタマー」の誕生である。つまるところモンスターとの戦いは終わらないが、それはまた別の勇者に任せるとしよう。


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連載小説「二言武士」/第四言:市中引き回されマシン

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なんといっても武士は体が資本である。さしあたっての得物である「バールのようなもの」の圧倒的魅力により六人の岡っ引きをまんまと丸め込み、自らの器物損壊罪をもみ消すことに成功した覆之介は、家に帰る前に会員制スポーツジムで汗を流すことにした。

近々関ヶ原レベルの大いくさが勃発するという噂が流れている。その手の風説の流布は武士の世の常であり、いちいち真に受けていたらおちおち寝ることも、『こち亀』全200巻を読破することも、デアゴスティーニ『週刊安土城をつくる』全110号をコンプリートして安土城の模型を完成させることもできないが、いざというときのためにせめて体だけは準備しておかなければならない。

覆之介が会員登録している近所の『オールドジム』は、その名の通り古びた木造平屋建ての施設である。とはいえ武士の肉体を鍛え上げることに特化した様々なマシンが完備されており、何もかもが「壊れやすい」ことを除けば申し分のないトレーニング環境といえる。

ただしジムのオーナーも壊れやすいことは重々認識しているため、ユーザーが勢い余ってマシンを壊してしまっても、謝罪も弁償も必要ないのがこのジムの素晴らしいところだ。覆之介も過去に3つほどおじゃんにしているが、お咎めを受けたことは一度もない。数日後に訪れてみると、壊れたマシンのあった場所には、どこでどう言って仕入れたのか、まったく同型でやはり同程度に古びたマシンがしれっと配置されていた。これでこそ『オールドジム』だと言わんばかりのふてぶてしい佇まいで。

覆之介は無数の家紋がプリントされたトレーニングジャージに着替えると、まずは辻斬りマシン「KILL YOU SORRY」で主に広背筋を鍛える。一般市民に見立てたわら人形が激しく回転しながら迫り来るのを、備え付けの棒きれでただひたすらしばくのである。仮想敵がなぜ敵兵ではなく一般市民のファッションであるのか、またそれがどうして狂ったようにスピンしつつ襲い来るのかは、謎に包まれたままだ。

回転式庶民を10分ほどしばき抜いたのち、今度は遠心力を最大限利用した市中引き回されマシン「AROUND THE CITY」に振り回されることで覆之介が気持ちよく肩胛骨まわりの筋肉を伸ばしていると、このジムのオーナーである「過言武士」こと過田減迫が珍しく声をかけてきたのだった。

「覆ちゃん、ちょっと折り入って相談があるんだけど……」

覆之介にとって過田はジムのオーナーである以前に、同郷のパイセン武士であった。過田は戦のない期間には武士も商売をやらねば食えない時代が来ることを見越して、武士との兼業でいち早くジム経営に乗り出したのだった。ただしこの男には、異名のとおり何もかもを言い過ぎてしまう「過言癖」があった。

覆之介は、「AROUND THE CITY」(略称「アラシ」)によるジャイアントスイング状態がようやく収まるのを待って答えた。

「もちろん、俺で良かったらなんでも相談に乗りますよ。あ、でもやっぱ面倒くさいのは無理かも」

事前に「二言」を相手に喰らわせておくことで、あらかじめ自らの逃げ道を確保しておく。「二言武士」たる覆之介の常套手段である。対して、パイセンの「過言武士」こと過田も負けてはいない。

「いま話聞いてくれないとワシ、自殺しちゃうかも。てゆうかさもないとこの国、もとい地球? 込み込みで宇宙? まるまる終わるよなぁ」

なんとスケールの大きな詠嘆であろうか。これはさすがに聞き捨てならないサイズの言葉であった。それがどんなにいきすぎた「過言」であるとしても。

そのとき覆之介を支配している市中引き回されマシンが、再び猛スピードで回りはじめた。


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