泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

     〈当ブログは一部アフィリエイト広告を利用しています〉

ディスクレビュー『72 SEASONS』/METALLICA

これはあくまで問題作『LOAD』以降のMETALLICAであって、それ以前のMETALLICAではけっしてない。時が戻らない以上、当然といえば当然だが妙な期待をしてはいけない。つまりその本質はメタルではなくロックンロールにあるということだ。

先行公開された数曲のストレートな攻撃性から、彼らはここへ来ていよいよ初期衝動を取り戻したという声もあった。だがそんなことはもちろん不可能なのだ。捏造された初期衝動は若作りの痛々しさを伴う。目指した時点でそれは初期衝動ではなくなる。ベテランが若さに憧れる気持ちは、むしろ初期衝動とは真逆の狡猾なものだ。

たとえばこの「あえての」荒々しく安っぽく仕上げられた音作り。それはたしかに、1stアルバムをいくらか想起させるかもしれない。だが金のない無名バンドが精一杯はじき出した粗さと、大金持ちの超有名バンドが余裕を持って意図的に作り出した粗さとでは、意味も説得力もまったく異なる。

両者は本気で自然に破れた安価なジーンズを、それしかないからと言って穿き続けている若者と、数多の高級な服を所持しながらも、わざわざ計算尽くで破られた高価なダメージジーンズを穿いて現れるイケオジくらい違う。

1stの音が粗かったのは、彼らがそれを目指したからではなく、環境的にそれが精一杯であったというやむを得ない理由からだろう。多くのバンドにとってのデビュー作がそうであるように。

彼らがより精緻な音楽を理想としていたことは、そこからブラック・アルバムへと至る道のりを聴けば明らかだろう(『…AND JUSTICE FOR ALL』の音作りはバランスが悪いが、あれはこだわり過ぎた結果の迷走だと捉えている)。つまり彼らの初期衝動は、理想と現実の狭間に生じる非情な摩擦力によって生まれた結果であって、最初からそれを目指したわけではないし、目指して手に入るものでもない。

これはもしかすると単なる精神論のように響くかもしれないが、実際に聴いた感触として、この「若作り感」を自然な表現の発露として受け容れるのは難しい。

――と、そんな印象論はいったん脇へ置いて、ここでより具体的にその音楽について語るならば、速い曲やパートはそれなりにフックが強く、遅い曲やパートはおしなべて退屈かつ冗長、というのが全体の傾向として顕著である。

特にリフを展開させる際に、ルーズなロックンロール方面へと安易に逃げる箇所が多く、そこはもう少し踏ん張って練り直して欲しかったと感じる。ブラック・アルバム以前の彼らであれば、そこでいったん踏みとどまって、必ずや第二、第三のよりタイトな選択肢を捻り出したであろうと思われる場面でも、すんなりとその場のノリに任せた、意外性の乏しいフレーズに流れてゆく場面が多い。たとえば⑧「Chasing Light」中盤のリフ展開。

逆に言えば、それまでの彼らがおこなってきた、ひとつひとつのフレーズを徹底的に厳選し磨き込んでゆく神経質すぎる制作過程が異常だったとも言えるわけだが、あの時代に貫かれていた楽曲に向きあう厳しさはここにはない。それは彼らが作り込む作業のしんどさよりも、演奏するノリや楽しさのほうをいまは選び取っているからであろうし、音を楽しむ音楽家として、それは健全な到達点であるのかもしれないとは思う。だが聴いて楽しい音楽と、演奏して楽しい音楽が同じであるとは限らない。

先にも言ったように、アルバムの鍵を握る疾走曲はキャッチーで、その第一印象は悪くない。だがストレートなぶんだけ、飽きが来るのも早い。そこが初期の疾走曲との、大きな違いだろう。リフとその他の要素との衝突が足りない。よく言えばスムーズとも言える。

一方でミドルテンポの楽曲は、リフがつまらないうえに、その単調な繰り返しが延々と続き、切り上げどころを見失っているように感じる。ライヴで、延々と終わらないドラムソロにつきあわされているような状況が、ドラムソロではないのにたびたび訪れる。これもまた、演奏している側の気持ちよさを優先した結果であると考えれば納得はゆくが、しかしその緩さが、作品全体の質の低下につながってしまってもいる。

緩いといえば、カーク・ハメットの退屈なギター・ソロも全体の冗長さにひと役買っており、明らかにバンド全体のクオリティを下げている。ここにマーティ・フリードマンキコ・ルーレイロのような、華やかな色を加えられるギタリストがいたならば、と思わずあのバンドと比較してしまいたくもなる。

しかしもちろん、本作ならではの収穫も少なからずある。ミドルテンポの続くアルバム中盤はしばし中だるみするが、終盤⑩「Too Far Gone!」⑪「Room of Mirrors」の曲展開からは、彼ららしい捻りと面白味が味わえる。むしろこれからのMETALLICAを強く打ち出すためには、ここらへんの『…AND JUSTICE FOR ALL』後半っぽい楽曲を軸にしたほうが、ワクワク感があるように思う。

ただし最後に待ち構える⑫「Inamorata」の、11分強に渡ってだらだらと続く冗長さが、この作品を象徴するような形になってしまっているため後半の印象は良くない。長さの問題もあるが、これはリフにも歌メロにも展開にも魅力がない、丸ごと没にしなければならない楽曲だろう。そもそもアルバム全体が77分にも及ぶ長尺であるのだから、単に1曲カットすればいいだけの話でもある。その判断ができないのであれば、やはりそういった冷酷な判断のできるプロデューサーを連れてくるべきではないか。

もちろん、彼らにしか生み出せないフレーズがところどころ垣間見えるという、その点には彼らの生み出したオリジナリティの偉大さを改めて感じつつも、個人的には前作同様、あまり聴き返すことのない作品になるだろう。


www.youtube.com
www.youtube.com

tmykinoue.hatenablog.com
tmykinoue.hatenablog.com

Copyright © 2008 泣きながら一気に書きました All Rights Reserved.