泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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自作短篇小説「窓のない観覧車」をマインドマップ化する試み(本末転倒)

小説を書く手段として、いわゆる「マインドマップ」というものを使ってみようと思った。

いま流行っているのか、それともだいぶ前から流行っているのかもしれないが、以前お笑い芸人のかが屋がネタ作りの際に使っていると聴いて、なんとなく気になってはいた。あの言葉が枝分かれしていく、チャートみたいなやつである。

とはいっても、いきなり何をどうやっていいのかわからない。ということで、まずは自分が先日ここに書いた短篇小説「窓のない観覧車」を、マインドマップ化してみてはどうかと考えた。通常とは逆の手順になるが、手はじめには素材があるほうがやりやすい。

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ソフトはとりあえず、ネットで一番評判の良さそうなこちらを使ってみることにした。

jp.xmind.net

そして出来あがったマインドマップが、これである。マインドのマップというよりは、小説のマップなのだけど。拡大しないと、読みづらいかもしれない。渡辺謙にこっぴどく怒られても仕方ない。



なるべく書いたときに発想した順序で言葉を並べていくのが筋だと思い、まず真ん中に作品イメージの素となった「窓のない観覧車」というワードを書き込む。タイトルを決めずに小説を書くことも多いが、今回は最初からタイトルはこれに決めて書いた。

しかし書いた本人として、わかっているのはここまでだ。いざキーワードを並べていこうとすると、そこから何をどう繋げていったのかを、びっくりするくらいさっぱり憶えていないのである。誰だこんなのを書いたのは。

仕方がないので、書いた小説を読み直しつつ、キーワードを拾って並べていくしかない。やっていることは最初から本末転倒なのだが、ますますなんのためにマップを作っているのかわからなくなってくる。しかし手を着けてしまったものはしょうがない。

とりあえずそれっぽいキーワードを抽出して配置していくと、見事に矢印がとっ散らかっていく。これはマップの作りかたが下手なのか、小説の作りが散漫なのか、あるいはどっちもなのか。もう少し矢印のかぶりが、なんとかならないものだろうか。

だがそう思いながら要素を並べていくうち、作中に「○○のない△△」というパターンのフレーズが頻出していることに気づく。その代表が一行目の《窓のない観覧車に、髭のない少年が乗っていた》という一文だが、明らかにタイトルに引っ張られてこのパターンを使いたくなっていたのだと思う。

色のない売店、前歯のない店員、コーンのないソフトクリーム……そうして「○○のない△△」(マップ中の白抜き文字)を並べていくうちに、そのパターンで表記されていないドラえもんすらも、いわば「耳のない猫」だということに気づく。これは改めてマップを作らなければ、気づかなかった点かもしれない。もちろん書いている最中には、特に意識もせず押し入れからの連想で出しただけの名前であったはずだ。

そうして同じパターンのフレーズを大量にコレクションしてみると、やがてそれらをひとまとめに括る言葉がどうしても欲しくなってくる。こういう場合は、文中にそれらをまとめて言い換えたような「言葉=テーマ」が、すでに書かれているというのが現代文の攻略法であったことを思い出す。

では「○○のない△△」というのは、ひとことで言い換えるとなんなのか。それは適当な気持ちで作中に出した、「引き算の世界」という言葉にほかならないだろう。なんだか読解力が急激に高まったような気がしてきた。相手は自分が書いた文章だというのに。

と、ここまで来て改めてマップ全体を見渡してみると、中心に置いた「窓のない観覧車」よりも、その「引き算の世界」という言葉からのほうが、飛び出している矢印の数が圧倒的に多いことに気づく。となるとこの作品のテーマはむしろ「引き算の世界」のほうであって、タイトルはその一例に過ぎなかったということか。

もちろん作品のテーマを必ずしもタイトルにする必要はないし、映像的なイメージも含めると、やはり「窓のない観覧車」のほうが良かったとは思う。しかし書いている際にはテーマなんてほとんど気にしていないから、こうやって各個の具体例がひとつのテーマに集約される構図は、あまり考えていなかったような気がする。

こうしてマインドマップ化してみると、そのように改めて見えてくる部分もあってそれは良いのだが、では果たして逆の手順(まずマインドマップを作ってから、それを小説化するという「正規の手順」)が可能であるのかというと、かなり心許ない気もする。後づけでないとつながらない要素もいくつかあるし(「乗客――髭のない少年」のところとか)、書いている最中でないと出てこない発想というのが間違いなくあるからだ。

しかしこれはこれで、また別の何かが生み出せるかもしれないという予感もある。そのためにはまず、もう少しマップ作りが上手くならないといけないが、いずれ正規の手順でマインドマップを利用した小説を、書いてみることになるかもしれない。

短篇小説「窓のない観覧車」

 窓のない観覧車に、髭のない少年が乗っていた。窓のない観覧車は不粋だが、髭のない少年は不粋とは言えないだろう。少年にこの先、髭が生えてくるかどうかはわからない。

 もちろん高所からの絶景など、望むべくもない。だがどれだけ待っても観覧車に窓がつかないのは、まず間違いのないところだった。足し算から掛け算の時代を経て、いまや何ごとにつけ引き算の求められている世の中だ。そんなご時世、なにかしらオプションが増えるというのはあり得ない選択肢というほかない。

 それは観覧車というよりは、荷物を載せて運ぶコンテナというほうがふさわしかった。それに乗って観覧できるものといえば、ただ錆の浮いたコンテナの無愛想な内壁だけだからだ。それに運ぶといっても、高いところをぐるりと一周して元あった場所へ戻るだけであった。

 だがそういう薄暗い場所にほど、少年は閉じこもりたがるものだ。少年はドラえもんが押し入れに寝ているのを、いつも羨ましいと思いながら観ていた。彼にとってはポケットから出てくる未来の道具よりも、その特異な就寝環境のほうがよほど羨ましかった。しかし残念ながら洋風に建てられた少年の家に、ふとんが丸ごと入るような押し入れなどなかった。

 窓のない観覧車を降りた少年は、色のない売店でソフトクリームを買った。壁にも屋根にも色のない売店を、売店だと気づくまでにはそれなりに時間がかかった。周辺の路上に食べ滓を求めるカラスが集まっていたおかげで、少年はそこが売店であると気づくことができた。ただしカラスにも色がなかったおかげで、それをカラスだと認識するのに色以外の特徴をいくつか思い出してみる必要があった。

 少年が中心のない小銭ばかりで代金を払うと、摑んでいた小銭をリリースした手の甲の上にコーンのないソフトクリームがひんやりと渦巻いた。お礼の笑顔で前歯のないことを示した店員は、わざわざ機械を窓口まで運んできたうえでそうしているのだった。

 しかしこの引き算の世界では、何がどこまで省略されていても不思議はない。店員に前歯がないから噛みきれないコーンを省略しているのか、コーンのないソフトクリームばかり食べているから店員の前歯がなくなってしまったのかはわからない。あるいはその二つは無関係に、ただそれぞれが勝手になくなっただけなのかもしれない。

 そして園内を歩きながら手の甲に盛られたソフトクリームを舐め終えた少年は、いよいよ翼のないジェットコースターに乗った。少年だって、本当は翼のあった時代のジェットコースターに乗ってみたいと思っていたが、いざ乗ってその軌道を体感してみると、こればかりはないほうが正解であるように思えた。


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短篇小説「帰ってきた失礼くん」

「失礼しま~す!」

 今日も失礼くんが、元気よく知らない店に入りこんでゆく。本日の訪問先はパン屋だ。しかし失礼くんは特にパンを食べたいわけでも、誰かにおつかいを頼まれているわけでもない。ただ純粋に、失礼したい一心でそう言っているのだ。

「ほら僕って、朝はごはん派じゃないですかぁ」

 入口付近にあるトレイとトングを手にした失礼くんは、トングを無理やり箸のように握ってそう言った。店内には他に客も店員もいるが、特に誰に向けて言っているわけでもない。みな知らんぷりを決め込んでいる。もちろん彼にわざわざ朝食の好みを訊いた者など、誰もいなかった。

「だけど最初にこのトレイとトングを手に持ってしまったからには、もう何も買わずには帰れないしなぁ。ロクなパンが見あたらないからって、一度触ってしまったものをそのまま元に戻すわけにもいかないし。まったく、いいシステムを思いついたもんですね!」

 ごはん派を自称するわりには、失礼くん、ロクなパンを探す意志はあるようである。失礼くんがグラビアアイドルのヘソを凝視するように、目の前の棚に並んだあんぱんのヘソを熱心に眺めているところへ、脇から若い女性店員がトレイを滑り込ませてきた。

《ただいま焼きたて!》

 大量のクロワッサンが載ったトレイには、そう書かれた赤い札が立っていた。失礼くんは失礼ながら訊いた。

「焼きたてだからって、美味しいとは限らないんですよね?」

 思いがけぬ質問に、店員は戸惑いながらも答えた。

「いえ、まあ焼きたてじゃないよりはその、やはり焼きたてのほうが……」

「なるほど。じゃあたいして美味しくないパンでも、焼きたてだと少しはマシになるってことですね!」

「え、ええ……まあ、そう言えなくもないというか……」

「あっ、別に、このお店のパンが美味しくないって言ってるわけじゃないですよ!」

「はぁ、それなら良かったです……」

「あくまで一般論ですから! ほら僕、ごはん党ですし!」

 失礼くんが所属先を「派」から「党」へ出世させたところで、店員は首をかしげながら店の奥へ去っていった。

 やがてその「焼きたて」の文字を目ざとく見つけた他の客たちが、クロワッサンの周囲にさりげなく集まってきた。あるいは失礼くんが、続けてこんなことを言ったせいかもしれない。

「つまりこの札が立ってるクロワッサン以外は全部、焼きたてじゃないってことだな!」

 その日の閉店後、店内では緊急の話しあいがおこなわれた。議題はもちろん「焼きたて」とは何かということであった。いやそんなことは皆わかっていたが、わからないのは焼いてからいつまでが「焼きたて」で、いつからが「焼きたてではない」のかということだった。

 そうして「焼きたて」の基準が大幅に見直され、次の朝からそのパン屋には、大半のトレイに「焼きたて」の赤札が常時立ち続けることになった。もちろん、焼く回数を増やしたわけでも、同時に焼く種類を増やしたわけでもない。単に「焼きたて」という言葉の解釈の幅を、思いきって広げてみたというだけのことだ。

 この赤札の力により、パン屋は大いに繁盛した。だがやがて客の中から、この冷めきった硬いパンのどこがいったい焼きたてなのかと、トングでパンをツンツンしながら苦情を申し立てられる日も遠くはないだろう。そしてその客は、きっとまた遠からず訪れてくる失礼くんに違いないのだけれど――それはまた別の失礼。


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