泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

夢一夜 スーパージェッターせいじ

運動会当日、校庭には巨大なトレーラーが持ち込まれた。タイヤがいっぱいついている。

この日を楽しみにしていたどころか、僕は普通の体育の授業だと思っていたらしく、校庭の周囲にぐるりと並べられた椅子で靴ひもをむすびながら、とにかく困惑していた。困惑の原因はトレーラーのこともあるが、むしろ自分が何組なのか知らされていないことにあった。

周囲の生徒たちを見渡すと、みんなバレンシアオレンジやエメラルドグリーンやスカイブルーなどの、赤でも白でもないカラフルなハチマキを巻いている。当然我々の普段使っている体操服は紅白帽であるはずなのだが、どうやら運動会仕様で新たな色が採用されているらしい。運動靴のつま先の色までそのチーム色に統一されている。隣に座っているクラスメートの大原の、つま先のバレンシアオレンジが目に刺さる。

僕はいったい何組なんだろうか。しかしそんな根本的なことを、当日のこの段階で訊くのはさすがに憚られるので、僕はたいして仲の良くない大原に、
「その靴、どこで買ったの?」
と訊いてみた。返事はなかった。

普通の紅白帽をかぶっているのはどうやら僕だけのようで、しかし何組だかわからないので困った末、仕方なくウルトラセブンアイスラッガーの要領で、赤と白を半分にして頭に載せている。

グラウンドのトラック上を、かなりの数の生徒がぐるぐる駆け巡っていた。中には親友の高部の姿もあって、周囲の生徒をぎゃんぎゃんなぎ倒すような快走は恐怖さえ感じさせた。普段は内股にやなぎ腰がおかまのような男なので、彼の走力はかなりの誤算だった。おかげで怪我人が多数出ているが、教師たちも誰も気にとめていない。

なぜならこれは運動会だからである。この学校の運動会は、どうやらそういうものらしい。死者が出ようとお構いなしの、御柱祭のようなものなのだろうか。

僕は依然としてすり鉢状になったグラウンド脇から観戦しているのだが、いっこうに出場を求められる気配もなく、しかしいつ呼ばれるかわからぬ恐怖に怯えている。周りの生徒たちはやたらと屈伸や伸脚をするなどしてやる気をアピールしているが、まったく気が知れない。僕はとにかく早く帰りたいのだが、帰ったら退学になるような気がなぜかして、帰れない。今のところ帰りたい気持ちの半分は出場させられる恐怖で、もう半分はひとり紅白帽をかぶっている恥ずかしさである。

校庭の隅に鎮座していたトレーラーが突如として唸りをあげ、いよいよ動き出した。長い長い荷台には、30人ほどの生徒が縦一列に並んでおり、トラックの内側を向いている。ここでいう「トラック」は、乗り物のトラックではなく、グラウンド上の円周の「トラック」のことである。トレーラーが出てくるのでなんだか紛らわしい。

トレーラーが速度をぎゅんぎゅん上げてゆく。ほぼF1マシン並みのスピードに感じられ、そのトレーラーの荷台上の生徒たちが見つめる先、つまりトラック上には、千原せいじの姿があった。千原ジュニアの兄である。
千原せいじが同じ学校の生徒だったなんて!」
僕は千原兄弟のライブに行ったことがあったので素直に驚いたが、それ以上にせいじの走りは驚きで、トレーラーと同じ速度で周回を重ねていた。いやそれどころではなく、トレーラーがせいじを追っていた。

せいじとトレーラーのデッドヒートは、そのまま数十周続いた。だが両者ともにF1マシンと同等の速度で走っているため、さほどの時間は経過していない。トレーラーの荷台にいる生徒たちは、せいじに声援を送っているようでも、野次っているようでもある。どういう競技なのかはよくわからない。しかし何度かトレーラーの鼻先がせいじの肩をかすめる瞬間があって、これがひどく危険な競技であることだけはわかる。

僕がふと不安を覚えたのは、猛スピードで走り続けるトレーラーの荷台が、どうやらトレーラーの上に載ったトレーラーの荷台であることに気がついたからであった。つまり土台となるトレーラーの荷台の上に、もう一台のトレーラーが載っていて、その載っている方のトレーラーの荷台に、生徒たちは乗っているのである。なぜそんなトッピング構造にしているのかはわからないし、明らかに速度が犠牲になるはずだが、二階建てバス的なものに憧れる生徒たちの気持ちならば、なんとなくわからないでもない。

しかしそんなあと載せサクサク感あふれるトレーラーonトレーラーが明らかに危険なのは間違いがなく、先ほどから生徒たちのいる荷台は激しく左右に揺れ、コーナーを曲がる際には大きく内側へ傾いている。

「それにしても、せいじの勇気はたいしたものだなぁ」
危ういとは感じながらも、僕は寄せてくるトレーラーに見向きもしないせいじの強い心に感銘を受けていた。そしてせいじはさらに加速し、トレーラーをぐんぐん引き離しにかかった。
「最近は弟のピンの仕事が増えているけど、その悔しさをバネに、頑張っているのだなぁ」

せいじに徐々に引き離されつつあるトレーラーは、当然のように急加速を試みた。
「危ないッ!」
しかしそう叫んだのは僕だけだった。

第三コーナーの入口でせいじを捉えかかり、トレーラーのカーブミラーがせいじの肩に触れたその刹那、上のトレーラーが下のトレーラーから切り離されるように大きく内側へ傾き、横転した。荷台に載っていた生徒たちは、一斉に地面にビタンと顔面を打ちつけた。せいじは何事もなかったように、その前方をさらに加速して駆け抜けてゆくのだった。

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