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泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

つけ髭をつけてつけ髭屋に行ってはならない

コラム

ずっと新しい眼鏡を買いたいと思っているのだが、眼鏡を買いに行くにはコンタクトレンズをしていかなければならないということを、羨ましき視力サンコンの皆様はご存じだろうか。

なぜならば眼鏡をして眼鏡屋に行ってしまうと、お店の眼鏡をかけるためにはまず自分の眼鏡を外さなければならない。眼鏡人にとって眼鏡を外すことは、すなわち武装解除を意味する。もちろん失った武器の代わりに店頭の新たな武器を手にするわけだが、そこには当然度が入っていないため、何も見えなくて…夏。髭さえ見えない。涙の数だけ強くなるしかない。

普段はコンタクトをしているのでそれ自体は別にいいのだが、視力検査のためにはコンタクトを外してから30分待たないと正確な視力が測れぬとか言われ、何もないところでじっと待たされたりするものだから(外出したらしたで何も見えない)困る。

あるいは眼鏡の二重掛けに挑戦してみるのもいいが、そのような勇気は日常生活に必要ない。ジャングルで必要な類の勇気だ。

ほかにも、「帽子屋に行くのに帽子をかぶっていっていいものか」問題というのがあって、実はこっちのほうが厄介かもしれない。

帽子屋に行くとはつまり帽子を試着しに行くことだから、普段帽子をかぶるときの髪の状態、つまりムースやごはんですよ等の整髪料を何もつけていない形で訪れるのが望ましい。

となると、普段何もかぶっていないときにジェルやマーマレード等の整髪料をつけて頭をなんとかしている人間の場合、髪に何もつけないボサノバ状態で外出することは当然憚られる。となると、そのボサノバヘアを何とかするために帽子をかぶることになるわけで、こうして前述の帽子をかぶって帽子屋へ行くという事態が自然と生まれる。

帽子がいっぱい置いてある店に帽子をかぶって行くということ。そう、問題は万引きGメン(基本的にいない)との戦いである。

帽子屋から帽子をかぶってきた人間が出てきた場合、どうしてもその店で帽子を買ったか盗んだかしたように思われてしまうように思えてしまうのは、もうどうしようもない。それが自然なのだ。

だから帽子をかぶってその店に入った人間は、ことさらに「俺は俺の帽子をかぶって来たのだ!」という事実をアッピールしなければならないことになっている。しかもその店は自分の好きな店である場合が多いわけで、となるといま自分が気に入ってかぶっている帽子はその店にまさに置いてある商品である可能性も高く、万引きの疑いは増すばかり。もちろんだいぶ前に買ったものであるからレシート等の証明書類はすでになく、反論の余地としては値札が付いてないとかなんとなくの中古感くらいしかない。いやその二点でほぼ証明はできるのだが、それ以前の疑われる段階でもうすでに充分嫌だ。もちろん眼鏡の場合も同様の問題が起こる。

万引きGメン(まずいない)との戦いは、まだ始まったばかりだ。

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