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ディスクレビュー『CHASING EUPHORIA』/HAREM SCAREM

Chasing Euphoria

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◆近作の中では随一。そして足りない最後のピース。

このバンドに関しては、時期による音楽的方向性のブレがそれなりに大きいがゆえに、はじめに各時期に対するスタンスを明確にしておくべきだと思っている。

僕の場合はご多分に漏れず2nd『MOOD SWINGS』から入った口で、しかしアルバムとして一番好きなのは溯っての1st『HAREM SCAREM』。ちなみに1st収録の「Something To Say」は、かつてHR/HMオールタイム・ベスト・ソングの6位に選んでいるほど。

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とはいえ2ndにも好きな曲は多く、ジョージ・リンチ、スティーヴ・ヴァイ、ヌーノ・ベッテンコートあたりにも通じる、歌のバッキングに収まらないテクニカルなピート・レスペランスのギター・プレイにも大いに魅力を感じている。しかしなぜか彼らの代表曲となっている「No Justice」は退屈な楽曲だと感じており、それが1stのほうを2ndよりも高く評価する理由のひとつにもなっている。むしろこの曲こそが、グランジに魂を売った3rd『VOICE OF REASON』の引き金になった一曲だとすら思っていたり。

その問題の3rdに関しては否定派ベースの一部肯定派(?)で、当時その溢れる想いを『BURRN!』誌の読者投稿ページに送り、掲載してもらったこともあった。そこではたしか基本的にそのグランジ化した音作りは否定しつつも、その旋律の根底には彼ららしい哀愁が漂っているとも評価していたはずで、彼らの音楽に期する気持ちは続いていた。

続く4th『BELIEVE』でかなり2nd路線を取り戻したかに見えた彼らは、たしかに好感触ではあり「Rain」のような名バラードも生み出したが、一方ではどこか無理して客のニーズに迎合しているような感じも見受けられた。そして次の5th『BIG BANG THEORY』ではよりコンパクトで自然な形を見出して、小粒ではあるが彼らの本質を凝縮した良質な作品になっていると感じた。

と思いきや、やはり行き詰まりを感じていたのか、そのあと彼らはバンド名を「RUBBER」に改名。そちらの名義で発表された『RUBBER』はさすがに行きすぎた軽さが気にはなるものの佳曲は多く、結構よく聴いていた記憶がある。しかし同じくRUBBER名義の続く『ULTRA FEEL』はまったく冴えず、案の定彼らはバンド名をHAREM SCAREMに戻すことに。

そしてRUBBER名義の2作を含めると8thアルバムとなる『WEIGHT OF THE WORLD』がリリース。これが個人的には1stの哀感と2ndのエッジと3rdの重さを兼ね備えたような見事なバランスという嬉しい誤算で、2ndに匹敵するほどお気に入りの作品になった。

そうなればもはや方向性もカッチリと定まって、勢いを取り戻したも同然だ。当時はそう思ったものだが、しかし続く9th~12thはどうにも退屈で、2ndの名を復活させた13th『MOOD SWINGS Ⅱ』ですらも期待とはほど遠く感じた。

そこからさらに2作を経た前作の16th『CHANGE THE WORLD』に至って、いま一度2ndの感触を取り戻したという評判が立ったが、それすらも言われているほど良いとは思えず、遥か昔の名盤と比較するのは野暮とは感じながらも、初期作にはまだまだ及ばないと感じていた。

と、こうなるとやはり彼らの魅力を世間的代表作であるところの2ndを前提に考えているように思われるかもしれないが、僕にとってあくまでも一番好きなのはずっと1stのほうなのであった。しかし彼らがある種青臭い1stのてらいなく泣き全開の哀愁を再び志向するとは思えず、同じ哀愁を伴うにしてもポップに弾けるような方向が好みであるのは以降の作風から伝わっていたから、本作『CHASING EUPHORIA』の評価でいまさら1stが引きあいに出されるのに驚いたというのが正直なところだ。

というわけで、ここでようやく本作のレビューへとたどり着いた。いやここまでの文章も、彼らの経歴と同様に長かった。たしかにこの作品には、一聴して結構いい感触があった。1stか2ndのどちら寄りかと言われると、音色的には評判通り1st寄りであるような気もするが、しかしあそこまでの泣きがあるかと言われると、そこまで振り切れているわけでもない。

おそらくは2ndのようにピートの縦横無尽なギター・プレイが見られないという理由から、消去法的に1stっぽいと捉えられているだけであって、本質的にメロディの質感が1stに近いとはそこまで思わない。たしかに哀愁は感じるが、それは全時代を通じて彼らに通底しているレベルのものだ。

だがどこか突き抜けきっていない理由のひとつとして、ギターのおとなしさが作用しているのはたしかだ。それを言えば1stよりも2ndのほうが遥かにテクニカルであったわけだが、これはそういう問題でもない。たとえシンプルなフレージングであったとしても、ギターが楽曲の中で力強くその存在を主張しているかどうかという問題なのだ。ギターが歌メロに遠慮することなく、むしろそこへ対決を挑むように自己主張できているか。単なる歌の引き立て役に甘んじてはいないか。

個人的には声を含めた各楽器による遠慮会釈のない自己主張の衝突こそがHR/HMの魅力だと感じていて、その衝突からいわゆる「アウフヘーベン止揚)」されたもう一段階上の状態が生まれると思っている。むろん2ndに比べると1stのギターは地味に聞こえるかもしれないが、しかしイントロの泣きのギターが歌メロを引っぱってゆくような楽曲は数多く、先に挙げた「Something To Say」にしても、冒頭に配置された長尺のギター・ソロが楽曲の方向性を決定づけている。

だが近年の、特に9th『HIGHER』以降の彼らの音楽では、そういったギターの牽引力が明らかに弱まっている。それはピートが歳相応に引きのギター・プレイを身につけ、あっさりとした薄味の音色へと好みが変化したということもあるのかもしれないが、正直なところ彼のモチベーションが低下しているようにも感じられてしまう。ハリーが歌メロに注ぐ気持ちにギター・プレイが追いついていないというか、どこか楽曲と距離を置いて俯瞰した視点から、照れを感じながら適材適所の範囲内のプレイに終始しているような気がしてしまうのである。

しかしこれは逆に言えば、それがいま足りない最後の1ピースというか、それさえあれば1stや2nd、そうでなくとも『WEIGHT OF THE WORLD』に匹敵するような作品が、この先まだ生まれ得るということなのではないか。むろんピートのスタイルの変化やバンドへの思い入れ次第というところもあるのだろうが、いま一度楽曲への関わりを深くして、曲を自らの手によって牽引してゆくようなプレイを披露してくれることを願う。

個人的には彼らに対する期待を久しぶりに復活させてくれたという意味において、重要な転換点となる作品になるような気がしているし、そうなってほしいと強く思っている。


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