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短篇小説「逆接さん」

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 その魅力を語るには、どうしても逆接を用いずして表現できない女、それが「逆接さん」である。

 逆接さんは魅力的な女性ではあるが美人ではない。身長は高くないが実際の身長を聞いてみると、それよりはだいぶ高いなと誰もが思う。性格は温厚だけれども激しい。時に温厚だったり時に激しかったりというのではなく、常時温厚で常時激しいのだからそうとしか言いようがない。梅干しは嫌いなくせに梅ガムを好んで食べる。

 中高生時代の逆接さんは、バレーボール部に所属していたがバレーボールが好きではなかった。しかしバレーボールは好きではないが、練習は好きだった。練習が好きなのにもかかわらず、雨で部活が中止になると誰よりも喜んだ。体育館の天井に挟まっているバレーボールを天井サーブで打ち落とすのが得意だったが、同じく天井にボールを挟むのもまた彼女であった。

 勉強に関しては、大嫌いな英語の成績が一番良かったのだが、もっとも成績の悪い数学が断トツで好きだった。どちらを得意科目と言っていいのかわからなかったが、結果を重視するならば前者ということになるだろう。中間テストの成績が良い学期には期末テストの成績が悪いが、中間テストの成績が悪ければその学期の期末テストはもれなく良いという、妙なバランス感覚が働いてもいるようだった。

 多くの学生と同じく逆接さんも、休みの日に友達と遊ぶのは楽しみであったが、いざ当日になると急に行きたくなくなるのが常だった。待ちあわせ場所には誰よりも早く到着しているタイプだったが、遅刻もまた多かったので友人たちは困惑した。みんなでランチを食べに行くと、その食事中に一番好きだと本人が熱く語っていたものを、しかし必ず食べ残して帰った。

 大学受験の際は、好きだが成績の悪い数学の道へ進むのか、嫌いだが成績の良い英語を武器に進路を決めるのかで大いに迷った。どちらを取るかで意見が割れ、母親をまじえての三者面談は毎度紛糾した。結果、成績の良さよりも好きなことのほうを選び、理数系の大学を受験したがあまり良い大学には入れなかった。

 とはいえ大学で好きなジャンルの勉強をできることに逆接さんは喜びを感じていたが、その内容はいったい何をやっているのやらさっぱりわからなかった。全然わからないのに面白さを感じていることが不思議ではあったが、彼女の中では理解の度合いも成績の良し悪しも達成感の有無も、学問の内容を楽しめるかどうかとはまったく関係がないようだった。

 大学に入ると人並みに恋愛もしたが、ここでも逆接が事態の進展を難しくさせた。彼女は決まって好きなタイプの男性には好かれず、しかし好きでないタイプの男には滅法好かれた。妥協して好きでないタイプの男とつきあってみたりもしたが、距離が縮まることで好みが逆転するということはなく、むしろ好きでない部分がより際立つ結果となりほどなく破局する、というパターンを繰り返した。

 そこからの反省を生かして、好きなタイプの男性が振り向いてくれるまで待ち続けるスタンスに方針転換してみたところで、今度は延々と待たされた挙げ句、なんの進展もないままに時ばかりが過ぎた。その間に好きでないタイプの多くの男性から告白され、全員をもれなく袖にしたというのに。

 好きだが得意ではない勉強を必死に続けてなんとか大学を卒業すると、逆接さんは好きな理数系に絞った就職活動を行って企業の研究職に就いた。会社に入ると、好きな仕事なのでモチベーションは高かったが、得意なわけではないので作業は常に遅く、時の上司によって評価が大きく分かれた。上司が交替するたびごとに、思わぬ出世と思いがけぬ左遷を繰り返し、彼女の社内評価は常に乱高下して安定しなかった。

 そんな逆接さんが取引先の「順接くん」と出会ったのは、入社十五年目のことだった。順接くんは極度に素直だが馬鹿正直な男であり、会話中なにかといえば、頻繁に順接の接続詞を入れ込んでくるのだった。彼女にとってタイプの男とは、まさにそういう男だったのである。

 「そして!」「さらに!」「しかも!」「すると!」

 順接くんが順接の接続詞を口にするたび、逆接さんの心は熱くなった。そして彼こそは彼女の人生ではじめて、自分にとってタイプの異性でありながら、自分のことを好きだと言ってくれる人だった。真逆のベクトルを持つ二人が恋に落ちるまでに、時間はかからなかった。

 しかし時が経つにつれ、「順接」と「逆接」、それぞれの接続詞が持つ根本的なパワーの差が明らかになってきた。極端に言ってしまえば、順接の接続詞とは省いても問題のないものばかりだった。それに対し逆接の接続詞はいずれも、物事の転換点を示す重要な役割を担う、必要不可欠なものばかりであった。

 二人の会話において、徐々に順接くんが使う順接の接続詞は聞き流され省略されるようになり、逆接さんの用いる逆説の接続詞ばかりが目立つようになっていった。気がつけば二人の話しあいを方向づけるのは、いつだって逆接さんが用いる逆接の接続詞なのであった。

 そしていつしか順接くんが逆接さんに感化され、逆接の接続詞を自然と使うようになりはじめたとき、逆接さんの気持ちは明らかに冷めはじめてしまったのだった。逆接の接続詞を使う男とは、彼女がもっとも忌み嫌うタイプの男だったのである。

 一方で順接くんのほうも、逆接さんが逆接の接続詞を連発する「逆接ハラスメント」に怖さを感じるようになっていた。やがて二人は互いの相性の悪さを認め、別々の道をゆくことになった。

 しかし、けれども、とはいえ、にもかかわらず、逆接さんはやはり逆接にまみれたまま、今はそれなりに幸せな日々を送っている。いつか逆接に匹敵する強力な順接の接続詞が現れることを、ひそかに胸の内で願いながら。


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